かいこうのこうかいとそのかいこう4
田園の虚。
その見た目は真っ黒で荒々しく、両腕に鋭い爪が生えていた。二足歩行で、下半身は稲穂に埋もれている。直方体に似た頭部に口があり、いくつもの牙が尖っていた。
風が虚に当たり、びゅうびゅうと鳴いた。黒い鎧は一つも靡かず、吠える。その声はまるで覇気のように大気を震わせた。エメンタールの背筋に一筋の冷や汗が伝った。
「本体はあれで間違いないですね」
「そうね、さっさとやっつけちゃいましょう」
ゴーダは指から伸びる十本の鉤爪で敵の背丈を測った。それは塔よりもはるかに高い。どこを壊すのが正解か。
虚が腕を真一文字に大きく振った。稲穂の茎が爪によって刈られていく。稲の粒たちがばらばらになり、風に巻き込まれて竜巻のようになった。視界が遮られていく。
その虚はただ暴れているのみだった。攻撃もせず、逃げもせず。暴れながら黄泉の地を荒らしていた。
「あなたはどう思う?」
稲で遮られた視界に目を凝らしながらゴーダが問うた。エメンタールは一瞬狼狽し、彼女と同じ方向を見据える。
「どうって……、あの虚の倒し方ですか」
「そう。ただ大きいだけで、雑魚の虚と何も変わらないもの。でもなんか……違う」
「……私もそう思いました」
根拠はないけどね、とゴーダが小さく笑った。そしてワイン色の布袋を取り出し、御伽を手のひらに転げた。そのままそれを食す。二人の周りにに光が纏われた。
「これで飛びながら移動できるわ。さて、どうする?」
エメンタールの脳に、一つの考えが浮かんだ。しかし根拠は薄い。……というか、ない。
「心臓、だと思います」
「というと?」
「……なんとなく」
弱気に自身の策を述べたエメンタールは侮蔑されるかと思いきや、意外な答えが返って来た。
「じゃ、それでいきましょう。虚の胴の向かって右ね」
「えっ。ほんとにいいんですか!?」
「ええ。私は思いつかなかったもの。でもあなたは、『なんとなく』でもアイデアが浮かんだんでしょう? ならそれを採用すべきよ」
「わ、わかりました……」
ゴーダが屋上の縁から跳躍し、飛んだ。ふわふわと浮かびながら、田んぼの穂先すれすれに進む。少し屋上を振り向き、エメンタールに叫んだ。
「私は腕を斬るから、トドメはあなたが刺してね!」
「は……はい!」
――――私もやらなくちゃ。
大鎌を両手で力強く握り、ゴーダの後に続いた。ふわりと妙な感覚が全身に伝わる。風に気を付けつつも、対象への接近を図った。
「……よし」
ゴーダが長い爪をさらに伸ばし、その強度を上げた。大きな獣の手のように鋭く強固なそれは虚の鎧に触れる。
ガチリ、と金属音が鳴り、爪と黒い二の腕がぶつかる。そのまま爪をめり込ませるように傷をつけていく。赤と黄色の火花が散って稲穂の群れへ落ちていった。