かいこうのこうかいとそのかいこう3
「……そう」
ゴーダがぽつりと呟いた。
「それで、あなたは日記を探してるのね」
「はい。……こんなこと聞かれても、どうしろって感じですよね。ごめんなさい」
国家管理局監視塔・北区。屋上の芝生にエメンタールはしゃがんでいた。立春はとっくに過ぎたのに、まだ寒い。冷える大気に頬を赤くしながら、遠くを見つめて立つゴーダに話した。
「そんなことないわ。あなたの気持ちわからないでもないもの」
「そうですか?」
「ええ。……私の憶測だけど、日本国内にはあると思う。その日記。記録機器は検閲じゃ通らないの、思いもよらない情報が流れたら大変だから。携帯電話は別だけど、そうじゃないんでしょう?」
「はい。ただの、古い日記なんです。色とか、大きさとかは全然わからなくて……」
「見たことのないものを探すのね」
ゴーダは彼女を鼻で笑った。しかし、そこには侮蔑の念はなかったように見えた。そして、思い出したかのように「あ」と呟いた。
「それなら、提案があるんだけど、」
――――warning!――――warning!!――――warning!!!――――
黄泉がやって来た。寒空がみるみるうちに薄荷色になった。夕刻よりも早く、夜が襲来する。
「……倒すのが先ね。死ぬんじゃないわよ」
「ゴーダさんも」
桃色と黒の光が膨らんだ。戦闘衣装に着替え、武器を装備する。敵の訪れを静かに待った。
爆。
爆、爆、爆爆、爆。
爆発音が響いた。屋上のはるか下、何もなかった大地が爆音と共に弾ける。大地の破片が飛び散り、砂埃が立ち込めた。黄土色の雲海が広がりだす。
「来るか……?」
頭上に黒い月が浮かぶ。黒いが満月ではない――新月だ。ちらちらと姿を見せる星屑も黒かった。糠のように密集し、時に流れる。
しかし、虚の姿は一向に見えなかった。ただただ時間が過ぎ、膨らんでいた砂埃も徐々にその威勢を失い始める。やがてその雲間から地表が見えてきた。
「ゴーダさん、あれ……!」
エメンタールは地面を指差した。数多の爆発でぼろぼろになった大地に、芽が出始めたのだ。
それはみるみるうちに育ち、漆黒の稲穂となった。一本だけではない、地面中に芽吹き一面に稲が広がった。その丈は屋上に届くほど。
エメンタールはその田園を眺めて、最初に対峙した虚を思い出した。実りの虚。あの虚が生んだ植物たちは育っても朽ちていった。しかしこの稲たちは依然として生え、どこからともなく吹いてきた風に揺れた。
その突如。
爆発したかのような閃光と、雷鳴の轟き。同時に月が膨らみ、空を覆うようだった。空洞のような新月から――――腕。
黒い鎧に覆われた腕が伸びる。その全貌を徐々に現わしていく。エメンタールの鼓動が速まっていった。
――田園の虚が、稲穂の大地に降り立った。