かいこうのこうかいとそのかいこう2
その日、自宅へ帰ったコトカは部屋中を漁った。最初の手がかりは自分の家以外に思い当たる場所がなかった。寝室、リビング、キッチン。ひっくり返すように日記を探したが、それらしきものはなかった。
やっぱり、という落胆が胸に沈んだ。去年の四月から暮らしているのだ、あったら気付くに決まっている。思わず肩を落とした。
それでも自分の記憶を取り戻す明確な方法がわかった。ようやく、大きく進歩できたと思う。あとはそれを見つけるだけ。生き延びるだけ。
思えば、ギアーズに入ったきっかけは「からっぽな自分を変えるため」だった。果たしてそれは叶っただろうか。今は二月、任期が終わるまで一か月と少ししかない。
一番大きな存在は、紛れもなく乙だろう。初めて取り戻した記憶、初めて失った大切な友達。記憶を取り戻した喜びと彼女を失った悲しみと虚しさが混ざり合っていた。
違う色の絵の具が混ざりあっていくように、それはだんだんと黒に近づいていく。そして完成したのが、自責。
その濁った何かを吐き出したくて仕方がなかった。大事な思い出も容赦なく奪われて、それがまだほんの一部で、全て取り戻したわけでもなくて。
それでも時間は進む。世界は回る。ただ一人コトカを置き去りにして。それなのに世界のために戦わなくてはならない。
――――……苦しい。
呼吸が荒く速まり、汗が流れた。そのままベッドに倒れ込む。その時間も、どこかで笑っている誰かがいる。幸せを幸せなまま消費している人がいる。
――――……みんな、どこにいるの。
母親も、父親も。一体どこで何をしているのか。日記までつけてくれたにも関わらず、なぜ今自分の隣にいないのか。そもそも生きているのか。記憶がなければ、温かな家庭を望むことすら許されないの?
コトカが胸中の澱を吐露しても、現実は残酷だった。太陽は傾き、金色の西日が窓から差し込む。その光が目に刺さる。
何を犠牲にしてでも、日記をこの手に収めたい。
そんな思いが湧き上がった。喉が熱くなり、一筋の涙が夕陽に照らされた。この感情がこの世への憎しみなのか、自身への戒めなのか曖昧だった。けれどどちらも否定できない気持ちだった。
つらい。
苦しい。
理解されたい。
理解したい。
――――明日。明日、聞いてみよう。
明日はギアーズの当番の日だ。望みはかなり薄いが、だからといって諦められるようなことではない。
必ず。両親のために、自分のために。……乙のために。全てを思い出そう。
たとえそれを、エゴと呼ばれようとも。