あるまじき、さるまじき10
「……さて」
大きな書斎。黒に近い茶色の卓が奥中央にある。マルーンの壁には異国の言語の書物が敷き詰まった本棚。
机上には書類がビルのように並び、所々付箋がはみ出ている。電子化されることすらなかった、デッドデータの山だ。この書斎の主は、そういった古臭いものを好む。身につけているペストマスクも、革の光沢を失っていた。
そして主――Яはマスク越しに、二人の子どもを見詰める。
「お疲れ様。仕事が終わったばかりで悪いけど、次の計画について話しておきたいんだ」
「全然」
「僕も大丈夫」
Яが卓に座っており、卓越しに真打とペレストロイカが立つ。つい先ほど、市長の暗殺依頼を終え研究所に帰って来たところだった。ギグルに声をかけられ、「父さんが書斎に来てだって」と。そのまま服も着替えず直行した。
「三日後、真打が国家管理局の塔に潜る。塔は全部で四つ。そのどこかに必ずギアーズがいる。でも本局はまだ危険だ」
「ギアーズメンバーをゼロにしたあと、カンラクの奪還と国家管理局の壊滅を目指すということか」
その通り、とЯが頷いた。彼はまだ局長を連れ戻すことを諦めていない。カンラクはかつての研究所職員、Яに次ぐほど優秀だった。そんな人材が魔法に阿るなんて。今でも信じられない。侮蔑の念が彼の胸に湧き上がった。
「そう。残りのメンバーを把握できていないのが残念だけど」
「……マリヤがいたときは彼を除いて七人。そのあとラボにいたスパイが一人。で、僕らが消したのが?」
「二人だな。俺とペレストロイカで、一人ずつ」
「ということは……」ペレストロイカが唸った。「まだ六人もいるじゃん。僕も行く」
しかし、真打が首を振った。Яも「その可能性は低いね」と呟く。
「茉莉也とお前が対峙した、白いアイツ。捨て駒だったか?」
「いや、ないね! あんなバケモノを使い捨て扱いにしてたら局の神経を疑う」
「そういうことだ。強いとはいえ、たった一人で敵陣に乗り込むのは愚策だ。なのになぜそれを実行したか。……協力するほどの人手がなかったと見ていいだろう」
ペレストロイカは合点がいったように声を上げた。「なるほどね!」
「おそらく、今は六人よりも少ない。……それは俺らも同じだ」
「じゃあ真打だけで安心だね。市長の仲間の後始末は僕に任せて」
「悪いね、ペレストロイカに押し付けちゃって」
「ううん。Яのためならなんだってするさ」
研究所の戦闘要員も、彼ら二人だけになってしまった。ブーバとキキも、安名茉莉也も、今は地下霊廟で眠っている。新しいメンバーを増やすにも、幼い子どもばかりでとても任せられなかった。二人だけでやるしかない。
「じゃあ、僕の話は終わり。着替えておいで」
「うん。あ、シンウチが服を燃えないようにしたいんだって」
「わかった。ギグルに伝えておくよ」




