あるまじき、さるまじき9
燃え盛る炎を、更田真打はただ眺めていた。
赤い光が彼の眼鏡に映る。炎の中には、黒く焦げ朽ちていく人、人、人。炭がぱらぱらと落ち、粉になった。
壁や天井は爆風で崩れた――かと思いきや、傷一つ付かなかった。ここは市長室。それゆえ建物も高性能なのだろう。外から見ても、このビルの最上階での惨状は誰にも気付かれない。
炎は依然として膨らみ、家具やカーテンを燃やしていく。なぜビルのようにそれらも耐火性にしなかったのだろう。真打は疑問に思ったが、結局は人が火から免れることはできないのだ。考えるだけ無駄。
ぼうっ、と火が小さく暴れ、真打の服の裾へ移った。煤まみれの白衣に橙が加わる。彼はそれを静かに潰した。酸素の供給が無くなった小さな火は呆気なく消えていく。
ぽろぽろと黒い布切れが落ちた。小さく息をつく。スーツに燃え移らなくて良かった。
さて。自分まで丸焦げになるのも、誰か人が来るのも、時間の問題だ。白衣を翻し、ここを後にした。
二つ降りて、会議室へ向かう。扉は開けられたままだった。ザルより酷いセキュリティ能力だと呆れたいところだが、職員のせいではない。呆れるべき相手は別にいる。
部屋に足を一歩踏み入れた。立ちこめる鉄の香りと目に刺さる赤。ああ、また。真打は大きくため息をついた。
「終わったぞ」
「――……ああ。おつかれ」
ペレストロイカ。百人ほど入れるであろうこの部屋を真っ赤に染め上げた本人。あれほど派手にするなと言ったのに。
彼の体には血痕一つなかった。……いや、きっと付着しているに違いないが、真っ黒な服に赤が吸収されてしまったのだ。「白衣は血が目立つから」と黒を選んでいた。そうだとしても。
「もう少し丁寧にできないのか」
天井から血液が垂れている。少し凝固の始まったそれは糸のように落ちた。埋め込まれた蛍光灯も血痕越しに灯るせいで、赤い光で辺りを照らしている。市長室よりもずっと多くの死体が転がっていた。
「仕方ないよ。ここに市長がいたんだもん」
「……そういうことじゃねえよ」
ペレストロイカは悪びれもせず、琥珀色の瞳を半月のように歪ませた。右手に握っていたナイフを仕舞い、今度はズボンのポケットから何かを取り出した。
花弁だ。
「赤には黄色が似合うからね」
赤く染まった空間に、黄色の花が舞った。床の血溜まりに落ちたが、その色は染まらなかった。これが、「葦原研究所がやりました」という証拠になる。恐怖を、力を、知らしめるため。黙ったままはナンセンスなのだ。
じゃあ行こうか、とペレストロイカは会議室を出た。真打もあとに続く。
「新作の爆弾はどうだった?」
「改良が必要だな。ギアーズ壊滅には不十分」
「そう。三日後だっけ?」
真打は無言で頷いた。そして、国家管理局のある方向を眺める。
「シンウチさ、もうそろそろその白衣。燃えないようにしたらいいんじゃない?」
「……ああ」
彼らは仕事を終え、拠点に帰る。また新たな仕事のため、Яの期待に応えるため。
「ちょうど俺もそう思ってたところだ」