あるまじき、さるまじき6
スティルトンの死から一週間が経った。二月の風は先月よりも柔らかく、冷気が街を撫でていく。パルメザンは監視塔の屋上で敵の襲来を待っていた。
どこから持ってきたのか、白いガーデンテーブルとチェアに座り一人のティータイムを始める。テーブルには山のように積まれたシュネーバルが佇んでいた。
一つつまみ、口に放り入れる。クッキーに似た生地が砕け、シナモンの香りが広がった。
スティルトンの訃報は淡々と知らされた。残り三人しかいない中、空気はどこまでも沈んだ。ただ三人とも、「やっぱりか」という感情が故意なく湧いてしまったのだ。
エメンタールはゴーダと当番を担当することになった。パルメザンはその強さから一人で任された。協調性のなさもまた、無きにしも非ず。
彼女にとって孤独であることはまったく苦ではなかった。むしろ群れでいる自分の方が違和感がある。気づいたときには天涯孤独。金も家もなくただ生きている。
それが幸木 闌。またの名を、パルメザン。
・・・
一日前、人気も陽の光もない夜の歩道に座っていた。澄んだ空気に星が控えめに輝く夜。その明かりも見えるほど街の光は消え失せ、静かに眠りについていた。FASも、今日は別の区域を巡回しているらしい。
車道に面してガードポールに腰かけていると、人工の光が二筋、右から左――こちら側へ向かってくる。白いバンだった。その一台だけが道路を走る。
闌の前を通り過ぎたと思ったらすぐに停車して、運転席の窓が開いた。そして中から男がこちらへ顔を向けてくる。
「お嬢ちゃん、ちょっと道を聞きたいんだけど、いいかな?」
「ああ……。はい、いいですよ」
「ここから一番近い郵便局が知りたくて……わかる?」
「もちろん。少し行き方が複雑なんですけど……」
「ああ、じゃあそれならさ!」闌が説明しようとすると、男がそれを遮った。「車乗って、案内してくれる?」
「……もちろん」闌は快く笑顔で引き受けた。「いいですよ」
バンの中には運転席と助手席、後部座席に二人、計四人の男が乗っていた。
全員二十代後半ほどの見た目で、全員頭の悪そうな格好をしている。スライドドアを開け、闌は後部座席の端へ座る。ドアの鍵がガチャリと閉まった。
「ね、名前、なんていうの?」隣に座る金髪の男が闌に話しかけた。「俺はヤスっていうんだけどっ」
「ユキです」息をするように噓をついた。何か語りだした金髪男をよそに、運転席の男に道を案内する。
「このまままっすぐ行って、次の交差点を左折してください」
はいはぁーい、という間の伸びた返事をした運転手は強くアクセルを踏んだ。騒がしい男たちの声に騒がしいエンジン音が重なった。
「あ、ここですここです。この交差点を左」
出発点から三百メートルほど走ると交差点が見えた。しかし運転手は闌の言葉を無視し、青信号を直進した。闌は動揺を隠せない。
「えっと、さっきの道を左……なんですけど…………」
四人の男が下衆な笑みを浮かべた。ヤスが鋭い歯を見せ笑った。「まあまあ、寄り道してこうよ。ユキチャン」
戸惑い怯える闌がドアを開けようと試みるが、閉まったままだ。男たちの笑い声がより一層車内に響いた。
連れられた先は、狭い木造の倉庫。現代の景観にそぐわないその建物は、違和感しかなかった。そして闌ら五人しかいない。
闌は思わず床にへたりと座り込んだ。土でできたそれは、悲しいほどに冷たかった。