あるまじき、さるまじき5
あれから十二年後。干支が一周しても、真打はЯがあのとき言った言葉を理解できていない。どうしたって、命は軽いものだと信じざるを得なかった。
茉莉也の死も悲しめなかった。仲が悪かったからではなく心の底から、死んだという事実をただ受け止めるのみだった。その感覚がおかしいということも、心外だとは思ったが受け入れていた。
地下霊廟を後にし、真打とペレストロイカは仕事に戻った。
「マリヤがいなくなったから、戦闘班も増えるだろうね」
「そうだな」
今日はЯからではなく、外部からの依頼だった。「汚職を隠す市長を消してほしい」と。
本当はЯ以外の人物からの殺害依頼は気が進まない。しかし依頼主とЯの繋がりから、断るわけにもいかなかった。ただ、そのパイプのおかげでЯの邪魔者を安心して消せるというのもまた事実だった。
武器庫で自分の得物を手に取った。ペレストロイカは先日新調したばかりのナイフ。真打は手製の爆弾を白衣のポケットに突っ込んだ。
「それ、昨日夜な夜な作ってたやつ?」
「おう。威力を試すにはもってこいの機会だからな」
刃物、銃、拳。どれも真打に適したものではなかった。狙いを定めるという能力が欠如しているのだ。暗殺者には致命的だ。それでも二十年間死なずにいるのは、Яが与えた爆弾という武器のおかげだった。
少し外しても、威力さえあれば仕留めることができる。全て炎で包んでしまえば殺せる。
加えて、水鉄砲を模した銃を手に取る。中には油が入っており、それを発射する。狙いを外せど対象に付着すればいい。そうでなくても、火をつけて燃やすことができる。空になったら投げて着火。
真打にとって、炎は相棒とも言えた。物の焼ける匂いも、燃料の香りも愛した。顔も知らぬ母親の羊水から自分を引き上げてくれたのがそれだとすら思った。
それでも、Яが言った「死んでも諦められないもの」ではない。未だ見つけられないのだ、それほど大事なものが。そしてそんな自分に呆れ、一つの葛藤が生じる。
自分は生きていていいのか、と。
本来あのロッカーで死ぬはずだった自分。生きる理由も見いだせずに死に急ぐ自分。あるのは爆薬と油だけ。それを燃料に動く、ただ人を殺すだけの機械が自分自身のように感じてしまう。
生きる意味を知りたいという子どもじみた願いを心の奥にしまった。吐露することすら許されない、幼いまま育った観念が静かに沸騰していく。
しかしそれら全ての感情を押し込んで、真打は殺戮の機械となり果てる準備を整えた。