あるまじき、さるまじき4
「……と、いうのが君の生い立ちかな」
「そうなんだ……」
わざわざ客間まで呼んで一体なんの話かと思っていたが、さほど重要なことではなかった。真打はコップに注がれたサイダーを飲んだ。
この話を聞いたのは八歳のとき。自分とЯが生さぬ仲だということは前々から聞いていた。しかし、コインロッカーで捨てられたという事実は初めて知った。
「だから、真打の本当のお父さんとお母さんは、僕も知らないんだ」
Яは夏にも関わらず、熱いカフェオレをテーブルに置いていた。しかしマスクを外そうとしないので、それは冷める一方だ。
生まれたその瞬間から、育ててもらえないことが決まっていた存在。狭い金属の空間で死を迎えるだけだった存在。
真打はそれを思い知らされても心が微動だにしなかった。十にも満たない歳で、大人びすぎていたのだろう。そもそも生の尊さと死の儚さなど知る由もなかった。今日だって、Яの「子ども」が一人死んだ。任務に失敗したのだ。
簡単に人は生まれ、死んでいく。その事実を知っているからこそ、命に無関心なのだ。他人の命も、自分の命も。
「教えてくれて、ありがとう」
「いいんだ。自分のことを知るのはとても重要だからね。だけどカチューシャには、あの子のことを教えてやれなかった」
とても残念だよ、とЯは俯く。
――――そうか、だから急に呼び出したのか。僕に、僕のことを教えるために。……僕が死ぬ前に。
「……僕、死ぬの怖くないよ。Яのためだったら、なんでもできるよ」
真打はいつだって任務を完遂した。死への恐れがないゆえに、怯むことがないのだ。いつでも全力で、Яの邪魔者を消した。
Яは真打を始めとして、身寄りのない子どもを次々に引き取っていった。正規の手続きは踏まずに、遺されたものは死しかない子どもたちを。「ホーム」はどんどん大きくなり、そしてライバルたちを潰していった。
初期の頃はЯも試行錯誤を繰り返し、そのため犠牲になった子どもたちが幾多もいた。彼がなぜそんなことをするのかは、誰も知らない。
しかし、Яはいつだって彼らにそれを強要はしなかった。嫌ならやらなくていいよ、と優しく言っていた。それでも子どもたちが嫌だと言わなかったのは、Яに恩があったから。口を揃えて、「Яのためなら」と言った。
「真打」
「なに? Я」
「死が怖くないなんて言っちゃだめだよ。自分の命が危なかったら、逃げていいんだ」
「どうして?」
「それが動物の本能だからさ」
納得がいかなかった。Яのためにいくらでも動くと言っているのに、なぜそれを本人が止めるのだろう。返す言葉が見つからず、もう一口サイダーを飲んだ。
「人はね、いつか死んでも諦められないものが出てくるんだ。叶えたい夢とか、ほしい物とか、大好きな人とか。
それを見つけるまでは、絶対に死んじゃいけない。そしてそれを守るためにも、やっぱり死んではならないんだよ」
「……Яにはそれがあるの? だから死なないの?」
「もちろん。
……君たちのことだよ」