あるまじき、さるまじき
「……強い子を、亡くしちゃったわね」
カンラクがぽつりと呟いた。
国家管理局・局長室。やけに広い、暗く青い空間。巨大なモニターたちが座る彼女の前に並ぶ。
「ええ……。スティルトンは本当に強かったです」
「他の子たちには?」
「……報告済みです」
「ならよろしい」
五味うずらがカンラクの後ろで姿勢を正す。クリップボードに挟んだ紙をペラペラとめくり、ときにはボールペンで記入した。
その音を聞き、カンラクがクスリと笑う。
「本当に好きねえ。タッチパネルじゃ駄目なの?」
「なんとなく、落ち着くんです。……そんなことより、本当に彼女に言わなくて良かったんですか、ちゃんと」
「何を?」
「スティルトンです」
「……自分で気づかなきゃ、意味ないのよ。どんなことも。あの子は自分の行動で自分を弱くしたなんて気づいてなかったの」
「信者を殺して、魔力指数を下げたことをですか」
「そう。あの子の強さは、あの子を慕う人の気持ちで成り立つ部分もあったの。みんなが彼女に手を伸ばし、縋った。それがなくなったら、ねえ?」
「……そこまでご存知なんですね」
「当たり前よ」
もう一度、カンラクの笑いが微かに響く。それと同時に、メモラジックの割れる音がした。世界がまた一つ平和になった。
うずらの瞳には「さすが局長」という羨望と、「そこまでわかっててどうして」という呆れの眼差しが宿っている。
また一人、いなくなった。残りあと三人。
立ちゆくわけがない。
うずらはクリップボードの紙面を眺め、ため息をついた。エメンタール――あの実験台も、一向に指数は上がらない。実験をする側としてはその方が、「指数が低い人間が立ち向かうとどうなるのか」という研究目的としてはありがたいのだが、それにしても上がらなすぎる。
自分が出るべきか。
「あの、局長、」
「なあに?」
「……やっぱり、私も戦闘に出た方がいいんじゃないでしょうか」
「…………」
「わかってます、わかってますけど、こんなに死者が出るのは異常です」
「…………」
「わ、私は、局長ほどじゃないですけど、彼女たちよりもずっと討伐には自信があります。だから、」「五味うずら」「……はい」
驚くほどに冷たい声だった。名前を呼ばれただけなのに背筋が凍り、それ以上の言葉を出すことができなくなる。
これを経験するのは今日が初めてではない。今のギアーズ五期生よりも前――毎年、メンバーが減っていくたびに提案した。やっぱり、今年も。
「あなたは強い、強いわ。だけどね、あなたは何も生まないじゃない」
モニターに交差点が映った。大きくカーブしたトラックが横転しそうになる。そしてメモラジックが割れた。事故には至らなかった。
「それじゃあ意味がないの。もちろん、からっぽの子が危なくなったらあなたの出番よ。でもそれ以外では国家管理局総務課、そしてギアーズの教育係でいなさい」
――――……わかってはいたけど。
「……はい」