精、聖、生6
――――……命、
呼吸が次第に荒くなっていくのがわかった。茉莉也はなんとか肩で息をしながらスティルトンを睨む。まるで肺胞がぷつぷつと割れていくような苦しさだったが、それで死ねるほど彼の体は軟弱ではない。それがかえってじわじわと殺されていく感覚を生み出す要因だった。
一振り、スティルトンが腕を振った。それは特別強いわけではなかったが、茉莉也にとっては空気が揺れたかのような衝撃だった。いとも容易にその場を倒れた。
「マリヤ! ……っ、ぐ、」
ペレストロイカが茉莉也に駆け寄ろうとするのを、腕の束が妨害した。触手のように動き、ぐるぐると彼を拘束する。
「可哀想に」
巻かれた彼をそのままに、スティルトンは茉莉也の方へゆっくりと歩み寄った。茉莉也は逃げることも出来ず、朦朧とした意識の中なんとか命を途切れさせないことに努めていた。
「こっちに……くるんじゃねェ……」
「断ろう」
じりじりと近づく。僧侶靴が大きく見えていく。
「大丈夫だ、死ぬのは怖くない。きっと君たちの救いになる。今まで辛かったろう、耐えがたい過去もあったろう」
「勝手なこと言うな……!」
「勝手じゃない。君たちがどんな人生を歩んできたかなんて知ってるんだ。なかなか骨のある作業だったが、それ以上の情報を私は得た。仲間たちもね」
「……?」
「……ああ、知らないのか。決して容易ではないが、調べようと思えば君たちの個人情報なんていくらでも出てくるんだ。存在自体が極秘のような君たちが。それはなぜ?」
「やめろ」
「やめない。薄々気づいているだろうに、認めたくないのか。まあ確かに、」
「やめろ」
「あの男――Яにとってお前らは、自分を守る使い捨ての駒でしかないからね」
バチンと何かが弾ける音がした。茉莉也の体に衝撃が走る。
アキレス腱が切れたような響きだったが違った。しかし他の二人には聞こえなかったらしく、茉莉也の耳にだけ届いたものだと悟った。彼の体から、内部から、心臓が脈打つごとにそれは鳴る。
そしてようやくわかった。人はきっとこれを怒りと呼ぶのだろう。
「やめろっつってんだろ……クソが」
どくり、どくり。
操り人形のようにふらふらと立ち上がった。先程の苦しみはいくらか引いた。しかし癒えたのではなく、アドレナリンによる効果だった。
どくり、どくり、どくり。
沸騰した血が体内を巡る。目の前にいる女への怒り、憎しみ。
「偉そうにベラベラ喋ってんじゃねえ……知ったかが。
何が『魔法に殺される』だ。『使い捨ての駒』だ。憶測だらけじゃ説得力なんてねえよ」
「……なぜ動ける? 君じゃ無理だ、私を殺せない。君の体は今だって傷ついている。毛細血管は千切れ、呼吸もままならなくなり、やがて死ぬ」
喉から血の香りが込み上げてくる。現にスティルトンの言い分は正しかった。ただ、その現実を変えようと叫ぶのだ。彼の精神が、心が。
「上等だ。オレはお前を倒す。家族――Яたちを貶す奴は必ず。相討ちになってでも殺してやる」
そして、怪物がもう一人増えた。