ちちんぷいぷいで事が済むなら
『アムネジアのアイラブユー』
じゃあ、仮に満たされたとしよう。
それで? 私は何を得たんだろう?
どうしてだろう、私が知っていなきゃいけないのに
どうして
どうしてだろう、皆は知らなきゃいけないのに
どうして
水で満たされた深海だって、光は届かないのだ
こんなはずじゃなかった
って
言うはずじゃなかった。
・ ・ ・
「コトカちゃん、久しぶり!」
「……臣さん!」
今日は定期検診だ。雪平コトカの記憶状況を確認するために、毎月一回、病院へ行く必要がある。これがコトカの退院条件だった。
高天原中央病院の待合室。深緑色の椅子に腰かけていた彼女は、臣と呼ばれた青年の姿を見るやいなや駆け寄った。
高木 臣。
彼は彼女のいとこにあたる人物。……コトカは覚えていなかったが。彼は金色に染めた髪を黒いニット帽で覆っていた。
彼がここにいるのは、彼の両親が「雪平コトカの保護者」とされているからで、検診は保護者同伴の必要がある。ただ、彼の親も暇ではない。そこで彼が抜擢された、という訳だ。それに、意外にも彼らは何かと気が合うのだ。
年が十歳も離れているが、お互い気兼ねなくコミュニケーションがとれる。記憶の有無にもかかわらずにできるそれは、雪平コトカの喜びの一つだった。
「……何か思い出せたこととか、ある?」
「…………ううん」
「……行こうか」
彼女が行くべきところは、病院のPT棟だ。
真っ白な病院の奥へ進む。