精、聖、生
肌を突き刺すような冷たい風が吹いた。隣には同胞、そして目の前には数多の腕を統べる敵――紛れもない「怪物」がいた。
彼女の瞳は紅く、髪は鵠く。その姿もなお、茉莉也の背筋に這い寄るおぞましさの要因だった。
安名茉莉也。本名は……。
――――……思い出したくもない。あんな親の付けた名前なんて。
ひとつの小さな宗教。取るに足らない、さして名前も知られていない信仰心たちのまとまり。……確か、生を尊ぶ教団だった気がする。
生きることを良しとする。そんな当たり前の観念を崇拝していたからこそ、知名度も低く規模も小さかったのかもしれない。信仰するまでもない。
彼らはとりわけ女性を丁重に扱った。子を身籠り産むことは次の生へと繋がる。それが可能なのは女のみ。そして、生まれた子どもは二世として教団の一員となるのだ。
茉莉也はそんな教徒の間に生まれた一人息子だった。
ただ、親に歓迎はされなかった。性別が男だったからだ、次に繋げられない。
全ての生を尊ぶのだから、男という性がぞんざいにされていたわけではない。彼の両親だけがただ、彼の性別を良しとしなかっただけの話だった。
皮肉なことに彼の容姿はいかにも女性的で、間違われることが多かった。その度に親は眉を下げ、「男の子なんです」と申し訳なさそうに言っていた。
その様子を見ると必ず、茉莉也の胸が鈍く痛んだ。幼かったから、その現象が何かはわかりえなかった。
それだけならまだ良かったのだが、事態は悪化した。
「どうして×××××は男の子なのよ」
「ああ。見た目はこんなにも可愛らしいのにな」
「……そうだ。そうだわ、あなた。
――女の子として育てちゃえばいいのよ!」
「えっ……どういうことだよ」
「この子はまだ四歳なんだから大丈夫よ。これからは聖司じゃなくて……聖子ちゃんね」
彼らは取り憑かれたように、彼の衣類、家具、全てを変えた。
……聖司ではなく、聖子になった日だった。
――――……結局思い出しちまった。
色素の薄い、絹のような髪は長く揃えられ、美しい曲線を描く垂れ目。ひらひらとスカートを揺らし、聖子ちゃんと呼ぶと振り向く。一人称は「私」。
もちろん、本人はすぐ受け入れることなどできなかった。だけど両親が「男の子」という言葉を口にしながら悲しい顔をするのは、それよりもずっと耐えがたいものだった。
女として、男として。どちらを選んで生きても地獄なのにその二つを天秤にかけ、より重い方を取った。それだけ。
親が狂っていることなど微塵も思わなかった。子どもにとって親は全ての尺度であり、基盤であり、世界なのだ。それをおかしいと思うことすらしなかった。
しかし、小学校にあがってしばらく経った夏の日。その事態は一変した。