精製のための聖戦12
「スティルトンさん、本当に一人で大丈夫だったでしょうか……」
「『きっと大丈夫』、『ダメかもしれない』。……どちらを答えてもフラグね」
「フラグ?」
その頃、残りの三人は国家管理局監視塔・西区の屋上に集合していた。本来はゴーダのみが今日の当番だったが、「会議」と称してこれからのことを話し合うためだ。もちろん、虚がやってきようものなら中断もやむを得ない。
会話するゴーダとエメンタールをよそに、パルメザンは板チョコレートを齧る。パキッと白い歯で割り、咀嚼しながら紙面を眺めていた。右手にチョコ、左手に紙といった様子で、簡易的な椅子に座っている。彼女が見ている紙束は、スティルトンが残した資料だった。
「でも、あの子の腕? 背中から生えてくるやつ、なかなか興味深いわよね」
「そうですね……私たちにはないですし」
エメンタールは体を反らせ、首を回してその背を眺めてみせた。わかってはいたが、スティルトンのような腕はやはり出てこない。ゴーダも同様だった。ピアスが開けられた背中すら、ただ金属が光を反射するのみだった。
スティルトンにはその腕の群れと、もう一つ武器に真っ赤なチャクラムがあった。しかしそれはほぼ飾りのようなもので、使っているところはほとんど見たことがない。腕の方が扱いやすいのだろう、エメンタールは勝手にそう解釈した。
「……で、そろそろ私たちにもそれを見せて欲しいんだけど。パルメザン?」
「ン? あ、わり。ボクはもう満足だから、キミたちがもう好きなだけ読んでよ」
資料がゴーダの手に渡る。エメンタールにも見えるよう近づけた。その一番上には、研究所の構成員のうち一人が晒されている。名前は……。
「『ペレストロイカ』。……変な名前ね、なんでロシア語?」
「ロシアの人なんですか?」
「写真は日本人にしか見えないけどね」
そう呟き、ゴーダはその人物の個人情報に目を通した。
【ペレストロイカ】
本名、立花奈々助。三月九日生まれ。現在二十八歳。
一般人の母と、反社会組織の父との間に生まれる。
十歳の頃、母親が逝去。その数日後から、父親からの虐待行為が始まる。
中学校の帰り道、見知らぬ男に誘拐され、数か月にわたる監禁を受ける。
しかし十四歳の誕生日を迎えた日、その生活に耐え兼ね男を殺害。その現場を葦原研究所所長に発見され、その構成員となる。
「虐待……」
その二文字を、ゴーダは凝視した。
「…………」
ペレストロイカのこれまでを知ったエメンタールは、発すべき言葉がわからなかった。
「虐待……虐待ね」
ゴーダは無意識に、自身の過去と重ね合わせてしまった。会ったことすらないこの男に、僅かばかりの同情が湧き上がった。……実際は一度だけ、彼と彼女は対面したことがあるのだが、ゴーダは既に忘れている。
「ゴーダさん? 大丈夫ですか……?」
「え? ええ、大丈夫よ。……さて、ここからどうするか、ちゃんと『会議』しましょ」