精製のための聖戦10
その頃、侵入者の存在などつゆ知らず、安名茉莉也とペレストロイカは研究所敷地内の庭を歩いていた。
「たまには散歩も悪くないね! なあマリヤ」
「まあ……真打がいなければな」
この季節でも青々とした姿を見せる芝生を踏みながら、並んで歩く。飛んでくる雀や風に煽られた落ち葉を時折見て、茉莉也は自身の嫌う相手の名前を口にした。
「どうしてそんなにシンウチが嫌いなんだよ。いいやつなのに」
「なんか気に食わねえんだよ。無駄にプライドが高くて、気取りやがって」
「確かに感情的なタイプじゃないけど、悪い子じゃないよ。ここではずっと先輩だしね」
「先輩?」
「知らない? 初めてここに孤児としてやって来たのは、シンウチなんだよ」
「……知らねえよ」
眉間に皺を寄せ、そのあとにそっぽを向いた。ペレストロイカはそんな彼を見て微笑むだけで、何も言わなかった。代わりに冬の白い空を眺め、息を吐く。
茉莉也がこの事実を知らないのには無理もなかった。ときには、孤児であるという共通点しか知らない場合もある。
ひとつ屋根の下で暮らしているにも関わらず、彼らの過去や個人情報を把握していないというのが一般的だった。ペレストロイカも、なぜ真打と茉莉也がここへ来たのかまでは知らないし、自身のことも話していない。特に隠しておきたいわけではないが、なんとなくそういった空気に流されているのだ。
「……寒いね」
「なんか飲むか? もう少し先に自販機があったはず……」
「いや、いいよ。ありがとね」
ペレストロイカは自身の身につけているタートルネックを上げ、寒さを凌いだ。気分転換もそろそろ切り上げて仕事に戻るべきかもしれない。
「マリヤもまだ仕事残ってるよね。もう戻ろうか」
「ああ、お前がいいなら……。
――――……誰だてめえ」
茉莉也の睨む先には、見知らぬ少女がいた。白い髪に白い着物。そしてところどころの装飾品は赤い。
「……私を忘れたか? まあ、親しかったわけじゃないしね」
「どなたかな? 誰に用?」
少女は黙ったまま、赤い光を纏いだした。もしや、と思い眩しさで瞑ってしまいそうになった目を凝らしてその様子をじっと見つめた。
その光はやがて消え、彼女の背中からは乳白色の腕が無数に生えていた。ミュータントのようで、ペレストロイカはその不気味さから恐怖を少なからず覚えた。
「……かつての偉人は言った。『死は人生の終末ではない、生涯の完成である』と。
これは私たちにとって精製のための聖戦だ。悪く思わないでくれよ」
白い閃光のようなものが走った。それは茉莉也へと向かい、ひとつ、またひとつと彼目がけて迫る。彼女の背にある腕たちが、首を掴み、頬を叩く。
あまりにも一瞬の出来事で、ペレストロイカは自分が何をすべきかの判断に時間を要した。
しかし、自身の行動に全ての決意と信念を込めた。