精製のための聖戦9
葦原研究所は、都心にあるにも関わらず木々に囲まれている。鬱蒼とした森がビルの間を大きく陣取り、そこを抜けると四角く大きなそれがあるのだ。
その敷地内に孤児院も存在し、研究所長が子どもたちを養っている。……そして、そこの子どもは所長のための「兵器」として育成される。
公にされているのは、前者の情報だけ。後者はスティルトンが調べて発覚したことだ。「兵器」は少し言い過ぎたかもしれない。スティルトンは森の前で佇み、息を吐いた。
所長の子どもに対する待遇はいたって普通。むしろ一般的な家庭よりもいくらか厚い。親に捨てられたり、虐待を受けたり。所長が引き取っているのはそういった子どもばかりだ。だから子どもは彼に恩を感じ、彼の言う通りにする。それは愛か、洗脳か。
どちらなのか判別つけられないのは、彼女が愛ではなく洗脳で生きてきたからであろう。
スティルトン。本名は棚畑喜丞。第三の名は、キナバ。
この国が魔法に縋ることになったのは、棚畑の血が流れた者のせいだった。交響曲。東日本を恐怖に陥れた、コンピューターを使った災厄。その元凶が先代のキナバ。
漢徒羅教のカルト組織「カマドウマ」。その長はキナバと呼ばれ、教祖とも認識される。「死こそ冥加なり」と唱え死を助長する集団。
信者はみな、社会の片隅に追いやられた者だった。幼き日に植え付けられた心の傷を癒せない、自堕落に浸り生きる価値や意味を見出せない。そういった者がキナバのもとへやってきた。
何もかもを幸福とされ、満たされ。そんな世界と自身の現状のギャップに耐えられない。
キナバはそういった哀れな魂を洗脳する。死を浄化と見なそうと、死を冥加と見なそうと。そして彼らにとって、真の意味で、死は救いだと思わせる。キナバは言わばその先導師なのだ。
喜丞本人はその考えに異存はなかった。ロックフォールが亡くなったのも苦しかったが、実際に彼女にとってそれが最善だったのだ。
……しかし、自殺を示唆しても、自らの手で誰かの命を奪ったことはない。そして彼女が今からしようとしていることは、まさにそれなのだ。
――――……マスカルポーネを排除。できれば、他の研究員も。
スティルトンは戦闘衣装に着替えた。背中から乳白色の手が無数に蠢き、クルクルと真っ赤なチャクラムを回した。手は多ければ多いほど有利になる。
背中の手を動かし、御伽を取り出した。桃色だった。そしてそれを齧る。シャリ、という音が鳴った。
そのまま魔法で森に入り込み、研究所に向かう。これは浄化だ、と自分に言い聞かせた。