精製のための聖戦8
スティルトンは、ばさばさと床の上に資料を置いた。全て目を通せるかわからないほど分厚い。
「紙で悪いね。電子資料の方がよかったけど、あそこセキュリティが固くてさ。
研究所は私たちのことをよく知ってるのに、私たちはあっちのことをよく知らないだろう。その差をなくさないと負けると思って」
パラパラとゴーダが資料を流し見する。研究員の顔写真、経歴など、履歴書のように全てが詳らかにされていた。
「なるほどねえ……あ」
彼女が手を止め視線を落とした先には、かつてギアーズだったマスカルポーネの顔があった。
彼は研究所側のスパイだった。物腰が柔らかそうな見た目は真っ赤な嘘。こちらはまんまと騙されてしまった。
「そう。彼がいるから私たちのことは筒抜けだ。虚のことや、魔法のこと……きっと仲間に言いふらしているだろう」
「確かに。この男の存在はなかなかに厄介よね」
「だからまず、彼を消そうと思う」
――――え……?
エメンタールは思わず動揺した。「消す」ってどういうこと? もしかして、殺す?
だとしたら、恐ろしすぎる。研究所の味方をするわけではない。意図的に誰かの死を引き起こすことに対して、恐怖を感じたのだ。
「名案だね。アイツムカつくしよォ」
「ちょ、ちょっと、待ってください。マスカルポーネくんを倒すってことですか?」
「そうよ? 何か疑問でも?」
「……えっと……」
「エメンタール、気持ちはわかる。だが私たちはそれをしなければならない。なぜなら、ギアーズの存在を消そうとするものには対抗する必要があるから。……別に、死は悪い意味じゃない」
浄化なんだ、とスティルトンはエメンタールを見詰めた。彼女の赤い目に吸い込まれそうだった。
彼女の意見に、誰も反論を示さなかった。「正当化」という言葉がよく似合っていた。
「でも」、とエメンタールは反駁しようとしたが、喉に引っかかった。
もし彼女らを止めようとしたとしても、その後の責任を取れる自信などない。マスカルポーネを生かしたせいでギアーズの存在が公に晒されたら、また新たな犠牲者が生まれたら。そんな未来は想像に難くない。
現に、こちらの方が被害が甚大なのは明らかだ。ラボの、紙束が厚くなるほどの人員に対してたった四人しかいない。元々の規模が違うといえども、それは疑いようのない事実だった。
「ラボには私が乗り込む。いなかった分の埋め合わせだ。君たちは虚に集中してくれ、ただでさえ人数が少ないのだから」
スティルトンの提案に、三人は頷いた。
エメンタールは心の奥深くに潜む罪悪感を無理やり押し込み、この共謀を正当化させた。