精製のための聖戦
強い雨の音が始終聞こえた。近頃は雨や雪が気象情報データを占めている。気分が憂鬱になりかねない天気だが、それでも研究所の人間たちは晩餐会を開いていた。
大理石の床に赤いカーペットが敷かれ、細長い長方形のテーブルがどっしりと置かれている。コーヒー色のそれの上には、金色の刺繍が施された真っ赤なクロスが輝き、一定間隔で赤と黄色の薔薇の花が花瓶の中で咲いていた。
人数分ずらりと並べられた椅子と食器。ここに席を置くのは、一般研究員ではなく特殊研究員――裏組織としてのラボを支える者たちだ。そして、孤児。
晩餐会といってもただ食事を楽しむのではなく、定期的に敵対組織の情報を共有することが本来の目的である。給仕たちは前菜を置き、恭しくキッチンへ戻った。
所長のЯはもちろん、戦闘担当リーダー・更田真打、副リーダー・ペレストロイカ、安名茉莉也。物資調達担当・ギグル。他にも、統計担当や薬品担当など、白衣を着た裏の人間たちが出席している。
「おっ、ピロシキがあるね」
ペレストロイカがザクースカに手を伸ばし、ピロシキを摘まんだ。燻製肉や冷製サーモン、野菜などが皿に盛られている前菜料理をザクースカと呼ぶ。他の研究員たちは厳粛な空気に溶け込んでいたが、彼は食事をしっかりと楽しんでいた。
「まあまずは、」Яがペストマスク越しに言った。「このザクースカをいただいちゃってからにしようか」
Яはこの場で食事は摂らない。マスクを外すのを拒んでいるからか、空腹ではないからあ、誰も理由は知らない。聞くと必ず、「大好きな子どもたちが食べているところを見ていたいんだよ」などと答えるのだ。
ほどなくして、スープが運ばれた。ほかほかと湯気の立つボルシチだった。ビーツとトマトの赤みが美しく、それに加えサワークリームの白とパセリの緑で色鮮やかだ。
ボルシチは更田真打の好物だ。中でも玉ねぎを好む。銀色の匙で真っ赤なそれを掬い、少し冷まして口へ運んだ。「これだよ、これ」温度の上がった口内にウォッカを注ぐ。
メインディッシュはシャシリクという串焼き料理だ。直火で焼かれたそれをギグルが頬張る。
その様子を眺めていたЯは、茉莉也の方を見て言った。
「じゃあマリヤから。君の担当している、ギアーズについて。前情報も踏まえて、みんなに話してくれ」
「はっ……はい」
ナプキンで口を拭き、机上に置いていた書類の束を全員に配った。
「……まず、この件に関してはWSCの影響もあり、例年通り計画を一時中断していました」
『WSC』というのは、“World-Science-Conference”――日本では「世界科学会議」と訳す。各国の代表する研究機関が集い、自国の科学含む広義な理科に関する事情を発表する。毎年年末に行われているため、中断せざるを得ない計画が存在してしまうのだ。
「そのため、過去の情報をもう一度おさらいし、あの組織についてお話しします。オレッ――――私は、『マスカルポーネ』という名前でギアーズに潜入しました」