死神のうまれた日4
「エッ、?」
もう一度、ばちゃりと大きな衝突音が響いた。
カルロは立ち上がり、倒れ込む環を見下ろしていた。
「あ、アレ? なんで逆……?」
「教えてあげるわ。私の足であなたの足を引っかけたの。足元なんて見ちゃいない様子だったから……賭けてみただけよ」
「てめえ……!」
カルロは環の左腕を右足で踏み、まじまじとその様を眺めた。彼女の双剣は遠く飛ばされ、握ることすらできない。
「隙を突こうとしたって無駄よ。ここの地面・気温・風向き……全部把握したわ。状況確認って、暗殺者の基本じゃないの?」
「うるさいッ! 離せ!」
「嫌よ」
ギリ、と踏む力を強めた。同時に「ぐあっ」という苦い声が聞こえたが、カルロは無視する。
きっともう、お互い限界なのだ。しかしアドレナリンの分泌のせいか、それを体感できずにいる。終わりにしよう。
「『死神』」カルロは自身の鉤爪を眺めながら言った。「あなたは自分のことをそういってたけど、私はそうは思わないわ」
「何が言いたい」
そして、
「……あなたもただの人間よ」
「ッ……! アッ、うぁ……!」
爪で少女を刺した。抜き、もう一度刺す。それを繰り返した。織物に赤が広がっていく。
空は既に晴れ、コーヒーのように黒い夜を迎えていた。残った水滴は血と混ざり、ルビーのように輝いた。
――――……終わった。
環の息はもう絶えていた。彼女の肌は青白く、雨よりも冷たかった。朱い着物と金色の髪が茶色い地面を彩る。死神は、死んだ。
首から下げていた涙壺を取り出し、その中に環の血液を入れる。水で薄まった彼女のそれは、妙に美しかった。
ワイン色をした天鵞絨の小袋を開ける。中にある御伽を食した。レモン色だった。夜景の光で透き通るそれは、まるで宝石を食べているように感じさせた。
黒い靄のようなものがカルロの体を包む。それが晴れたころには、彼女の破れた服も傷だらけの肌も全て元通りになった。
「……帰ろう」
・・・
「ただいま」
「おお、おかえり」
拠点のビルに戻ると、リカルドがカルロを迎えた。壁のスコンスが部屋をぼんやりとした明かりで照らす。カルロはそのままキッチンへ向かい、コーヒーを淹れだした。
「ああ、そういえば」湯を沸かしながら何気ない様子で呟いた。「父さんを殺した犯人、倒したわよ」
「は!?」
「あら、いけなかった?」
「そうじゃなくて、なんで一人で……!」
「うん。あなたの拷問は必要なかったわね」
「……どんな奴だった?」
挽いた豆の入ったフィルターに熱湯を注ぐ。コポコポという音の中、カルロは淡々と答えた。
「可哀想な子だったわ。人の命をなんとも思ってないみたい。まあ、自分の命だけは大事で仕方ない、ただの女の子ね」
「そうか……。じゃあ、いつ帰る? もう日本に用はねえし」
「あなただけでいいわ。この復讐を果たせたのは、とある組織のおかげだったの。その恩を返してから……四月くらいに帰るわ」
「あ? じゃあ俺もそうする」
「そう」白いカップがコーヒーで満ちた。それを二つ、テーブルまで運ぶ。「まあ、祝杯として」
カチンと陶器のぶつかる音が小さく響く。そして、夜を飲み込んだ。
仮敷島 環‐【カマンベール】
魔力指数は32400
和服に身を包んだ13歳の少女。金髪のショートカットで、前髪が長く、目が隠れていている。瞳の色は黒。
仮敷島家の娘。「金色童子」という二つ名を持つ。