生命声明10
しかし、カマンベールは何かを思いついたようにはっとする。
「いや、ちょっと待ってください。水……熱湯」
「?」エメンタールは首を傾げた。「それがどうかした?」
「エメンタールさん、魔法は使えますか」
「えっ? うーん……一回しか……」
「わかりました、それで十分です。提案があります。
お料理をしましょう」
「………………え?」
唐突な提案をした彼女は戸惑うエメンタールをよそに「材料は平気……あとは時間を……」などと呟いている。
「ちょ、ちょっと待ってよ、どういうこと?」
「粟飴というお菓子を、昔読んだ本で知りました。この状態をなんとかするには、粒たちをひとつにまとめて飴にしちゃうのがいいと思うんです」
「なるほど……でも、どんどん増えてくのにそれをまとめるってキリがないような……」
「……確かに。具体的な製法も知りませんでした」
カマンベールは大きなため息をつき、上を見上げた。淡い緑色の空から、大量の小さな粟たちが降り続き、かさを増していく。今いる監視塔は街で一番高いにもかかわらず、約半分を満たしてしまった。
「……水がだめなら、火、とかどうかな。上手くいくかわからないけど……」
「燃やすんですか?」
「ああいや、その……植物なら日照りに弱いかなって」
「……! なるほど。『北風と太陽』ですね」
エメンタールの作戦に乗り、「今回はこれ、必要なさそうですね」と双剣を手放した。エメンタールもそれに倣う。
日照りを起こすには、カマンベールの魔力が必要だった。魔法でこの空間にはない、偽りの太陽を生み出す。その熱で空と地面両方の粟の成長を食い止める、というのが目標だ。
対してエメンタールは、御伽を一つだけ使い自分たちが暑さにやられないよう、塔の屋上のみに太陽を無効化させた。
「じゃあ、やってみます」
「うん……頑張って」
カマンベールが御伽を口に放り込んだ。右手のひらから小さな球が生まれ、発光した。やがてそれは徐々に光と熱を強め、大きくなる。ふわふわと空中に浮かびだし、ゆっくりと回転しながら黄泉を照らす。紅炎が小さく舞い、じゅわりと燃える音がした。
「見てるこっちが暑くなりそう……」
「ですね。ここだけ涼しくて良かったです。ありがとうございます」
「いやいや! こちらこそこんなことしかできなくて……」
彼女らがいる場所は太陽の温度による干渉を受けない。目に刺さる光も抑えられ、唯一の安全地帯となっている。
陽炎によって大気が揺れる。空間がみるみる熱気を帯びていくのが分かった。空から降ってきた粟は太陽に当たるとそのまま消えた。しかし……。
「――……枯れない」
黒い粒はもう塔の三分の二まで来ていた。穂はとうに埋まっているが、それでも増え続ける。
「っ……これ以上熱くするのは、ちょっと……」
太陽を操るカマンベールが顔を歪ませた。呼吸がだんだんと乱れていく。ただの穀物は残酷だった。
「――――……違うわよ」
粉雪のように淡々とした声が響いた。思わず二人は声の方を振り向く。
「ゴーダさん……」
「それ、もういらないわ。消して」
言われるがままに、「それ」と指差された太陽を消滅させた。僅かに熱気が残る。
そしてゴーダは御伽を取り出し、食した。
「……こうするのよ」
塔から飛び出し、粟の海に沈んだ。同時に指から黒い鉤爪を伸ばした。呼吸もできぬまま、泳ぐ。その間は刹那だった。
「ちょっと……ゴーダさん!」
「平気よ」
ぷは、と顔を表面に出し、にやりと笑う。「ちゃんと見つけたわ」
「え……?」
「これ」
塔に戻り、体についた粟を払った。ゴーダの手のひらにはたった一粒のそれが握られている。カマンベールとエメンタールは事態に追いつけず、ただ彼女をぽかんと見つめるだけだった。。
「これが、本体よ」
ぷち。
――――――!!!!!!congratulation!!!!!!――――――
アハシマ‐【あはしま】
粟の虚。かつての実りを成し遂げた。だが、過熱である。ただの失敗作。微少な魂は存在すら見いだせてもらえない。