生命声明8
「えっ? ……っと、何かあったの?」
「ごめんなさい、いきなりそんなこと言って。あまり深くは言えないですけど、家業が人の死に関する仕事なんです。だからいろいろと、『死ぬ』ってなんだろうなって……。
五味さん曰く、虚は死んだ人の魂……それを私たちが刈れば、二度死ぬことになるじゃないですか」
カマンベールの長い前髪が北風に揺れた。
今までだったら、「死」という言葉に対しては物語めいた、どこか非現実的なもののように感じただろう。しかし今は違った。仲間の死、友人の死、そしていつか訪れる自分の死……。概念でしかないはずなのに、死という存在が黒くおぞましい物体として目の前に現れるようだった。――虚のように。
それを“刈る”ギアーズは、いや、不適切な表現かもしれないが……そうとしか形容できない。そう、まるで――……。
「……なんか、その言い方だと私たち死神みたいだね」
「…………ですね」
「でも、生まれた日は一回しかないと思うんだけど……。だって誕生日でしょ?」
「そうでもないですよ。二度の死があるなら、二度の生だっておかしくない。
――たとえば、記憶喪失とか」
「えっ」
どくり、と心臓が脈を打った。
「……カマンベールちゃん、私が記憶喪失なの知ってるの?」
「風の噂程度で。本当だったんですね。……過去を何一つ思い出せないのなら、二度目の誕生日と捉えることもできると思って」
「……だけど私は、自分の目覚めた日を誕生日とは思えない……かな」
「なぜ?」
「えっと、うーん……か、考えとく……」
「そうですか」と変わらぬ様子でカマンベールは広がる摩天楼を見据えた。そのまま何事もなかったかのように静寂が蘇る。ただ、エメンタールは胸のざわめきがなぜか収まらなかった。
――――考えたこともなかった。もう一つの誕生日だなんて。
もしも目覚めたあの日が第二の生誕だというなら、今の自分は何者なのだろう。
雪平コトカ? ……だとしたら、眠る前の自分を否定することになる。記憶はなくなれど、雪平コトカは雪平コトカでしかない。
ならば、【エメンタール】なのだろうか。
……考えれば考えるほど、自分が何者なのかわからなくなってきた。ああ、これが自我なのだろうか、とも思った。
――――……だけど私は、どんな形になっても、私でいたい。
……たとえ虚になったとしても。
――――warning!――――warning!!――――warning!!!――――
「……!」
「来ましたね」
エメンタールはやむを得ず思考を中断した。白かった空が薄荷色を帯びだす。
虚無の訪れ。かつて人だったものの哀しき魂。この怪物は、自分が今どんな姿かわかっているのだろうか。それとも、既に自分を見失っているのだろうか。
コアに思考を集中させ、戦闘衣装に着替える。それと共に、右手には桃色の大鎌が握られていた。
――――……鎌。
自身が放った「死神」という単語が脳を過ぎった。