生命声明3
翌年、アントニオがミラノのとあるビルで仕事に向かう頃。雨か雪かもわからない冬の暮れだった。
薄暗い建物の地下駐車場で、アントニオ・スパーラは殺された。
黒に染まった空間を赤く彩る彼を最初に発見したのは、彼と共にいた部下だった。リカルドではない。部下が運転手を務め、その車から降りるところを暗殺されたのだ。
カルロはその場に居合わせることができなかった。それが幸なのか不幸なのか、考える余裕などなかった。
告別式は黒く黒く、鉛のような空気だった。柱のいなくなったアジトで、カルロはエスプレッソを飲む。
「…………父さん」
「カルロさん……!」
アントニオの部下――彼の死を見た人間だ――が、カルロの元へ走ってきた。この部下は、体に大きな切り傷を負った。彼の目撃情報とドライブレコーダーが、他殺の証拠だった。部下を殺さなかったのはいち早く組織に訃報を渡らせるためだろう。
「これ……首領を殺したヤツが落としていったもんです……。これってもしかして……!」
「……!」
小さなガラス製の黒い壺だった。蓋部分にワイン色の紐が通され、ネックレスのようだ。……血痕が全体に付着している。
「これ、日本の暗殺組織が持ってるやつです。確か名前はカリシク……いや、コルシカ?」
「カリシキシマね。父さんが昔教えてくれたわ、葬儀屋の皮を被った極悪人」
そしてこの壺は、その組織独自の物だった。何に使うかはさすがに知らない。
おそらく、アントニオを殺した犯人はその素性が割れることを恐れていない。むしろまるで、「やり返せるものならやってみろ」と言わんばかりに自信を隠すことに杜撰だった。
――――……日本の暗殺集団が、なぜミラノに。
ただ、犯人がわかっていればその後やることは一つだ。
「……ねえ、ウチの日本支部をつくってみたらどうかしら」
「えっ……と、つまり、イタリアとアメリカに加えて日本もってことっすか?」
「そう。ちょっとだけ話せるのよ、日本語。あそこもなかなか面白そうね。
……リカルドを呼んできて。すぐにここを発つ。何が何でも、父さんの仇を討つのよ」
――そして、スパーラは日本へと規模を拡大させた。聞こえはいいが、ただの復讐目的だ。日本にある組織の構成員が自身らの長を討ったというなら、このまま泣き寝入りなどできるはずがない。
こげ茶色の壁に、ワイン色のカーテン。ビル――スパーラファミリー日本支部の内装は、無機質な外観とは打って変わってアンティーク調のものが多い。日本の灰色だらけな建造物の中に、そこは息を潜めている。
チョコレートのような机では天秤が揺れ、天井のシャンデリアは炎のような赤い光を放っていた。カウンターの奥にはワイングラスが並んだ棚、壁はいくつもの額が飾られている。そんなヨーロピアンな雰囲気は、異国と見紛うほどだ。
「カルロ、今いいか」
黒い革性のソファで休んでいたカルロに、リカルドが歩み寄った。「これ、お前宛てだ」
「招待状」と書かれた白い封筒だった。こんな時代にまだ紙を使っているのかとカルロは思った。
「その封筒に書いてあるそれ、なんて読むんだ?」
「『親展』ね。私以外開いちゃいけないってこと」
ビリビリと封を破り、手紙の内容を読んだ。リカルドがコーヒーを淹れているであろう音が部屋に響き渡る。
「…………ギアーズ」
カルロ・スパーラ。
ソウルネーム、【ゴーダ】