生命声明
全てを聞き終え、少女たちは沈黙に包まれた。窓一つないこの地下に、現実から切り離されてしまったような感覚だった。
死ぬことを許されない。
そんな事実、一体誰が受け入れられるのだろう?
この感情が落胆なのか、驚愕なのか、彼女らは理解することができない。なぜなら、要は悔いなく生きればいいから。解決方法はあれど、曖昧過ぎる。
じゃあ、「悔いなく生きる」ってなんなのさ?
年端もいかない少女たちが生を全うする方法、とは。
――……そんな中、一人の少女は決意した。
自身が悔いなく生きた証になるたった一つの解を、もう既に見つけているのだ。
彼女の名前は、カルロ・スパーラ。
日本とイタリアの混血であり、復讐のために日本へやってきた。父親殺しの犯人を殺すことだけが彼女の生きる意味だった。
ならば答えは決まっている。それが遂行できれば、彼女の人生は報われるのだ。
・・・
ささやかに雨が降る夜だった。途方もない闇がシチリアを覆う。
窓から雨粒の地面にぶつかる音が聞こえる。外の黒と同じようなこの部屋は、ぼんやりとしたオレンジ色のライトが唯一の光源だった。その光はワイン棚の扉やグラスを妖しく照らしている。
「カルロ、今日から俺のことは父さんと呼べ。いいな」
青痣だらけの少女に、男――アントニオ・スパーラは言った。革靴がワインレッドのカーペットを踏むくぐもった音がリズムよく鳴る。少女はボロ雑巾のようで、その黒い髪も埃と雨で薄汚れていた。黒いスーツを身に纏った男とは対照的である。
そこへ慌ただしく、同じスーツを着た男――アントニオよりはずいぶんと若い――が走ってきた。カーペットの音のリズムが崩れた。
「首領……! その子は……!」
「さっき始末した夫婦のガキだ。今日から娘にする」
「えっ……!? ちょちょちょ、あのガキをウチにって……!」
「なんだリカルド、何か問題があるのか?」
「いや、それは……」
ならいいだろう、と低い声で呟き、アントニオは電気式のエスプレッソメーカーからコーヒーを抽出した。白いカップが夜よりも暗い色で満ちていく。香ばしい香りが少女の鼻を通っていった。
そのカップが、彼女の前に差し出される。中の液体が少し乱暴に揺れたが、零れることはなかった。
「ほら」
「……?」
呆然と彼の顔を見詰める。コーヒーを受け取らない少女に一瞬顔をしかめ、「ああ、そうか」と少し呟いたあと奥の棚からミルクと砂糖を取り出した。
「これなら飲めるか?」
先程の黒とは打って変わって、それは優しいキャラメル色だった。少女は自分のために淹れられたものだとようやく気付き、恐る恐る両手でカップを持った。
小さな口でコーヒーミルクを飲む。熱すぎず、冷たすぎず、ミルクのおかげで温度はちょうど良かった。まるで一つの家庭のような、そんな優しさを含んでいた。もちろんそんな家庭、味わったことなどない。
「虐待児童……か。そんな親に育てられるより、ウチの方がいいもんなんですかね?」
リカルドが少女を見ながら呟く。少女は視線に気づかないままコーヒーを飲み干した。その瞳は、泣いていた。
「これからそうしていくんだろう。……この子は今日から俺の娘だ」