メモラジック・メメントモリ8
メメントモリ。
ラテン語で、「いつか必ず死ぬことを忘れるな」。
はるか昔から伝わる警句だ。死から逃れられないからこそ、その生を楽しめという意味だ。似たものに、カルペ・ディエムという言葉も存在する。「一日を摘め」、「今という瞬間を楽しめ」、と。
「……メメントモリ」
「そうです。我々は死を避けられない。その時期は不平等でも、死そのものはいかなる生物にも訪れるのです。だからこそ、今を生きるべき。
それが、虚なんです」
虚と一体何の関連性があるのか、他四人は見当がつかなかった。五味うずらが淡々と言葉を口にする音のみが博物館に響く。
誰も口を挟まないことを確認すると、うずらはもう一度話し始めた。
「彼らの正体は、端的に言うと『人間の魂』なんです」
「どういうことですか。それってつまり、私たちは死ぬとああなるってことですか!」
カマンベールが声を荒げた。しとやかな彼女のこんな様子を見たのは誰もが初めてだった。冗談じゃないと言わんばかりに、彼女はうずらを問い詰める。髪が激しく揺れ、隠れていた両目が姿を覗かせていた。
「あんなバケモノにっ……! 私はそんなの耐えられない……!」
「まだ話の途中です。あなたたちが死んだら虚になるという解釈は、ちょっと違う。
『此岸に未練のあった魂のみ』です」
此岸……この世。対義語は、彼岸。
静寂を取り戻した空間で、少女はただ冷静に話した。魂と、死について。
「生きている間に何かを成し遂げられなかったり、死に反発したり。生に執着する理由は様々です。そして、執着し続けたまま死ぬと虚に変わる。
それらの魂が魔法を求めてやってくるのは、魔力という不思議な力が自身を成仏させてくれると信じて疑わないから。失った肉体をなんとか魂で成形し、心の空虚を埋めようとする。魔法でね。
そんな魂たちを、本当の意味であの世へ連れていくのが、あなたたちギアーズなんです」
「ただそのギアーズは、『虚になりやすい』。
魔法に頼るということは、奇跡に縋るということ。生をより濃いものにしようともがいている。そんな人間が、生に執着しないはずがない。
縋って縋って縋り続けた結果、魔力指数はゼロを下回り、否応なしに死ぬ。まだ生きたい、死にたくない。そういう膿んだ思いが、虚を産む。
しかしいくら魔法を使っても、結果的に報われれば悔いなく生きたことになります。例えば、ロックフォールさん。彼女はこの世に未練なく亡くなっていきました。……報われたかはわからないけど。だからは虚になっていない」
――――……じゃあ、乙ちゃんが虚になった理由って……。
自明だった。彼女が空虚の怪物になったのは、紛れもなく雪平コトカという存在のせいだ。
何も思い出せない、乙のことも知らない。そんなコトカを光へ導きたかったのに。命がこと切れて、それは達成を阻まれてしまった。
――――……もっと早く知っていたら!
真っ赤に色づく瞳を、エメンタールはぎゅっと閉じた。言葉に、空気に、事実に、潰されてしまいそうだった。
それでもうずらは口を開く。
「ならば我々はどうすればよいか?
…………メメントモリ。悔いなく生きるのです」
彼女は静かに、しかし力強く忠告した。それはまるで、自分にも言い聞かせているようだった。
悔いなく生きる。
もしそうでなければ、化物として彷徨い続ける。