メモラジック・メメントモリ4
運が悪いことに、中学二年生。コトカと乙は同じクラスになってしまった。違っていたら干渉せずに済んだのに……。
局津乙は、もう一度孤独を選ぶことにした。誰にも染まらず、誰ともつるまず。二度と惑わされることのないように。今度こそコトカが笑って過ごせるように。そのためなら、赤の他人から友達になるなんて小さなことだった。
そんな決意が宿ったとき、“それ”は来た。
自宅のマンションのポストに、一通の手紙が佇んでいたのだ。自分宛てだった。
封を切ると、国家管理局からだった。ギアーズの招集だ。
なんのためにこんなこと、どうしてあたしが機密部隊なんかに。なんて思いが止まなかった。しかし局に出向いてすぐ、その考えは覆った。
コトカがいたのだ。
この世界のこと、魔法のこと、魔力指数のこと。それらを聞いて察した。
――――あたしは、コトカがいるからここにいるんだ。
仲の良かった友人が記憶を失い、お互い赤の他人として生きるだなんて、普通の人じゃ経験しない。そんなこと起こることすら考えない。だから彼女の魔力指数は跳ね上がった。コトカと乙がギアーズに入るのは、偶然のように見えて必然だったのだ。
コトカは乙を少し怯えた目で見ているように感じた。当たり前といえば当たり前だろう。いつも一人で、寡黙で、表情を露わにしない。そんなクラスメイトは怖がられても文句は言えない。
それでも、ギアーズの存在のおかげでもう一度友達になることができた。コトカの記憶が消えていてくれて本当に良かったと乙は思った。あのつらい過去も、最後に交わした会話も、覚えていないのは乙にとって好都合だった。……やり直せるのだ。
だから今度こそ必ず、コトカを守ろうと決めた。彼女の笑顔を阻む人間は殺しても構わないとさえ思った。
これが自分自身と交わした約束だった。二度と破れない、生涯背負う契約だ。
だが、それは難しかった。ギアーズの隊員が一人、また一人と消えていくたびに、彼女は涙を流した。その都度乙はコトカを慰めた。手遅れだなんてことがもう起きないように。
そして邪魔だったのがパルメザンの存在だった。何を考えているのか、あいつはコトカに何かとつけこんだ。それをまともに受けてしまうコトカは一層傷ついた。敵意のない彼女に、あいつは容赦なくナイフを向けた。そんなもの、殺すしかない。
そのために、乙は力に縋った。御伽を使い魔法の力を借りれば怖いものなんてなかった。御伽はいわばギアーズの特権だ。使わないでどうする。体内に取り込めば取り込むほど、高揚感と共に強さを文字通り手にすることができた。魔力指数はジリジリと減った。
これならパルメザンに勝てる。メンバーが減ると残りの負担はもちろん重くなる。だけどコトカを守るためなら造作もなかった。だから殺すことにした。
殴り、殴られ。二人の血が混ざりあうかのように殺し合いは始まった。殺し合いといっても、パルメザンにはその意思が見受けられなかった。殺意を抱いていたのは、乙だけだ。御伽を次々に喰い、指数と引き換えに力を宿した。
結果、勝ったのは乙だった。瓦礫の下で埋もれるパルメザンは、死んだのかそうでないのかわからなかった。どうでもいい。少しでも動いたなら、とどめを刺すだけだ。
そのはずだった。
誰かの声が聞こえた。桃色の少女が自分を呼んでいる。しかし乙には――
「…………あんた、誰?」
魔力指数がゼロを下回った。
その瞬間、視界が黒に染まる。
そのままぷつりと、コンピューターの電源を落とすかのように。
乙の命は絶たれた。
・・・