メモラジック・メメントモリ3
いじめは程なくして消滅していった。コトカの母親の話題が徐々に廃れていったからだ。人の噂もなんとやら、だ。子どもたちも飽きてしまったのだろう。コトカの心に空いた穴は塞がってもいないのに。
ただ、いじめの事実は容易に発覚した。
その主犯となったクラスメイトたちは、国家管理局からの宣告により心理カウンセラーを受けることになった。「いじめた側が精神的に問題がある」と判断をしたのだ。この主張は校内でずいぶんと話題になった。
従来なら、いじめられた側の心のケアを第一にカウンセリングされるはずだ。しかし、発足十年にも満たぬあの機関は真逆のことをした。
結果、コトカは腫れ物扱いを受けることなく、“表面上は”笑顔を見せていた。
……ここまで事態は改善されたにもかかわらず、乙の名は一度たりとも挙げられていない。
何も出来なかったのだ。
あの会話から心を改め、乙自身がいじめを止めればよかったのに出来なかった。気まずいにも程があった。
そのままお互い会話することもなく四年次を終え、五年生、六年生と別々のクラスで別々の時間を過ごした。
コトカが倒れたのを聞いたのは、中学一年生の冬だった。ほぼ直後だ。
彼女のいる病院へ駆け込み、「雪平」の文字がある部屋の扉を開けた。驚くほどに静かで、白かったのが目に焼き付いている。
ベッドで眠るコトカには、酸素マスクと点滴が施されていた。電子音が一定間隔で小さく鳴り、その度に乙の心臓もどくり、どくりと跳ねた。
病室の机に、見知らぬ顔があった。白衣を着た女医だ。いきなり入ってきた乙に目を丸くしたが、コトカとの関係を察したのか「この子なら生きてるよ」と呟いた。追い出されてしまうかと思いきや、医者は乙が落ち着くのを待っていた。
その女は御中と名乗った。コトカを担当することになった医者だという。それに応じて乙も名乗った。そして、全てを話した。大して長くは喋っていない。しかし乙には、この時間が永遠に続くのではないかと不安が過ぎるほどだった。
打ち明けたあと、彼女はただ一言「なるほど」と言い、乙に連絡先を渡した。
「もしもこの子が目を覚ましたら、真っ先に報告する」と。
連絡は約十か月後に来た。胃に穴が空くのではないかと思うほど待った。
すぐに病院へ向かおうとしたが、御中はそれを拒んだのだ。
「あの子は記憶を全て失っている」
「だから当然、君のことも覚えていない」
「もしも君があの子に『私は友達だ』と言ったら、記憶に良くない影響を与えるかもしれない」
「あの子がまた学校へやって来ることがあっても、」
「赤の他人として接してくれ」