メモラジック・メメントモリ2
三年生になって、乙とコトカはまた同じクラスになれた。二年次は別々だったのだ。
コトカのおかげで、仲間外れにされることはなくなった。みんなと一緒になれた。
心のどこかでは、孤独感を抱えていたのだろう。乙にとって学校が、前よりずっと楽しい場所になった。
そして、自分の親友はコトカだと信じて疑わなかった。コトカもまた、学校で乙といる時間が一番長かった。
たくさん笑ったし、たくさん泣いた。たまに怒った。だけど最後は、笑顔で終わる。
「ただいま」の声は以前より明るくなった。母も、なんだか元気になっている様子だ。そこまで悩ませてしまっていたのだろうか、少し申し訳ない。
乙はそんな日々が、永遠に続くような気がした。このまま笑って月日を重ねていけるのだと確信していた。
しかし、その理想は一瞬で崩れることになる。
四年生に上がったとき、コトカがいじめに遭ったのだ。
変わらず同じクラスになったのにもかかわらず、乙の環境は一変した。
幼かったから記憶は曖昧だが……
原因はコトカの母親だった、気がする。
彼女は有名な研究施設の一員で、とある研究内容を全国に発信したのだ。
TV、広告塔のモニター、ニュースサイト、全てが彼女で埋め尽くされた。それは希望的な実験だった。
だが、失敗に終わった。
彼女はありとあらゆる場所で非難を受けた。人は誰かを怒るとき、ここまで残酷になれるのかと恐怖を覚えるほど。
「雪平」なんて名字は珍しいから、すぐにコトカが彼女の娘であることはわかった。
もちろん、親が何かしでかしたからといってその子まで叩く必要はない。大人はそれを理解することはできたようだ。
だから幸い、コトカが全国ネットで晒されることはなかった。
でも、子どもは違った。
その日を境に、彼女は仲間外れ……いわゆる、ハブられた。"みんなと違う"のだから。
子どもたちは彼女を嘘つきと呼んだ。親が実験を成功させなかったから、"嘘つき"。
確かに、あれほど大々的に発表されたにもかかわらず、それを無かったものにされたら「騙された」と思わなくもない。
――――……でも、それは親の話でしょう?
乙は子どもに加担しなかった。コトカがいじめられたあと、誰もいない教室で寄り添った。「大丈夫」と。
あたしはいじめない。見て見ぬ振りもしない。孤独を味わったからこその決意だった。
そう思っていたはずだった。
いつものように、乙はコトカを慰めていた。赤や黄に染まった葉たちが、夕日に照らされちらちらと輝く放課後だった。
「ねえ、乙ちゃん。どうして?」
教室で咽び泣くコトカは、乙に問いかけた。
コトカの周りに散乱したノートには、彼女のものではない文字が殴られている。その内容は、直接的な罵倒の言葉。
“うそつき”
乙は彼女にそっと手を差し伸べた。
「コトカ。……帰ろう」
しかしコトカは、瞳から零れた雫で床を濡らしながら、「どうして」と。聞くのをやめなかった。
「乙ちゃんはどうして……、
全部終わった後に来るの……?」
――――……!
「どうしてすぐに助けてくれないの……みんなが帰った後なんて、遅いよ……」
「……ごめん」
「ううん。大丈夫、大丈夫。私は、大丈夫だから――――」
そのとき、乙の心に黒い何かが流れ込んだ。
何が「いじめない」だ。「見て見ぬ振りもしない」だ。
コトカにとって乙もまた、周りの子どもたちと同等に映っていたのだ。彼らを止めなかったのだから。彼らがいなくなったあと、さも味方かのように寄ってくるのだから。
――――私も、"みんな"と同じだ。
違う子は、ハブられる。違わない子は、仲良くなれる。
孤独を捨てたから、みんなと同じ色に染まってしまったから、こんなことになったんだ。
……だったら、独りぼっちでいた方がずっと良かったじゃないか!
鈍器で殴られているような頭痛が止まなかった。
もう何が正しくて、何が間違いなのかもわからない。
あたしはどこで間違ったんだろう? 何か正しいことはできたのだろうか?
コトカとの会話はこれが最後だ。それは乙にとって、一生融けない氷となった。