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空虚で満たす9

 感情がどろりと流れた。まるでチョコレートのようだった。

 ファウンテンのように黒く苦く湧き上がり、そのままなす術もなく地面に落ちる。息が詰まるほど熱く、苦しみに溺れそうになった。


「乙ちゃん……って、誰だよ?」


 まずい。友人の本名をギアーズの一員にばらしてしまった。しかし今は、それどころではない。


「チェダーちゃんの……ことだよ……絶対そうだ……」


 パルメザンは露骨に驚いた顔を見せ、虚の方に目を向けた。彼女は疑ってはいないが、信じてもいないような様子だ。


「だとしたら、どうする? 倒さない、と? あいつがチェダーである証拠もないのに?」


「証拠なんてなくてもわかる……。無理だよ、殺せないよ……!」


「駄目です。しっかりと任務を果たしてください」


 ――――……!


 いつの間にか、屋上の扉の前に五味うずらの姿があった。その左目は、空と同じ色をしている。切りそろえた黒髪を風に任せ、淡々とエメンタールを諭した。


「嫌だ……! ねえ、うずらちゃんはわかってたの!? 乙ちゃんがこうなるって知ってたの!?」


「…………。







おっしゃる通り、あれは局津乙――チェダーさんだったものです。しかしあれにはもうそのときの記憶などない。紛れもなく敵なんですよ、だから早く倒してください」


 怒りと悲しみが同時にエメンタールを襲う。

 なぜ、なぜこの女はそんな冷静に語るのか。仲間を一体なんだと思っているのか。両目に涙を溜め、霞む視界に映る彼女を睨んだ。


「嫌」


「……パルメザンさんは?」「ボクに振るな」


「エメンタールさん、わかってください。ただの虚です。チェダーでもなんでもない」


「ただの……? もう違くっても、乙ちゃんは乙ちゃんでしょ!? うずらちゃんそれでも人間なの? やらない。私はやらない……!」


 自分でも、ここまで強い言葉が出たことに驚いた。たぶん、乙ちゃんの口調が移ったんだ。

 この現実は受け止めきれない、しかし受け止める以外の方法がない。どうして彼女は、虚なんかに。

 とにかく、自分で手を下すなんて死んでもできない。エメンタールは乱暴に鎌を放り投げた。


「……なら、私がやります」


 五味うずらが御伽オトギを噛んだ。ガリリ、シャリ、と色とりどりの欠片が砕かれる。徐々に彼女は橙色の光を帯び、細かな魔法陣を発生させた。咀嚼する度に陣がクラゲのように浮かぶ。それらはうずらの両手に集まり、空虚の怪物をじっと狙った。


「だめ、待って……!」


 陣の群れが銃弾のように放たれた。橙色の閃光が漆黒の鎧を目がけて走る。虚はハンマーを大きく振り、陣を吹き飛ばした。

 しかし、弾丸はなお止まることを知らず、うずらが御伽を噛むほど生まれ放たれる。それを回避するには、ハンマーは重すぎた。


 容赦なく閃光は鎧を穿つ。鋭い金属音が空間を飽和した。鎧は黒曜石のように剥がれ、虚しく崩れていく。


 がらがら、がらがら、がら、が、……、


 瓦礫がこぼれていくのを、エメンタールは見ていることしか出来なかった。あまりにも一瞬すぎたのだ。曇る視界が徐々に晴れ、枯れた芝生の上にボロボロと涙の粒が落ちた。


 がら、がらがら、がらがらがら、


 ――――


 ――


 突如、音が消え去った。


 ――――え……?


 動悸が速まる。どくどく、どくどくと煩わしく体に響いた。

 崩れ行く虚を音のないまま、エメンタールは呆然と眺める。


 薄荷色に、黒い雨が降るようだった。コマ送りのようにゆっくりと感じられた。

 そして、






 思い出したような、気がした。



「乙ちゃん、私たち……ずっと前から……」


 清流のような何かが、エメンタールの心に流れる。ますます鼓動は高鳴った。


 ギアーズに入るよりももっと前。私が記憶を失う前。

 もしかして、私たちはそのときから……



「友達だった……?」


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