ハンムラビも鼻で笑うレベル4
〈育児日記5〉
今日はコトカが、寝る前私に絵本を読んでほしいと頼んできた。タイトルは「ねずみさんと自己言及のぱらどっくす」。この間買ってあげたやつだ。
コトカに読み聞かせていると、チーズが出てくる場面でコトカが私に聞いてきた。「どうしてチーズは穴だらけなの?」って。たしかに、なんでだろう?
〈育児日記6〉
先日、コトカのチーズに関する質問に答えることができなかったので、調べてみた。チーズにはカマンベールとか、マスカルポーネとか、いろいろな種類があるけれど、穴のあるものは「エメンタールチーズ」というらしい。なぜエメンタールに穴があるかというと、牛乳に混ざった干し草の粒子が穴をつくるらしい。
今日、一緒にデパートで買い物をしていると、コトカがまた同じことを聞いてきた。なので私は、「チーズもおしゃれがしてみたいのよ」と答えた。本当のことは、もっと大きくなってから。私の答えに満足したのか、嬉しそうに笑ってくれた。
子ども服売り場で、水玉模様のスカートを買ってあげた。「チーズと一緒!」と、喜んでいた。よく似合っている。
チーズのように、コトカもおしゃれがしたい時期なのかもしれない。
・ ・ ・
青空の邪魔をするには十分すぎるほど、高層ビルだらけだ。いくら上を向いても、目の端っこあたりに映る無機質な直方体の群れはなくならない。
エメンタールはため息をつき、敵の襲来を待ち続ける。……ああ、いかんいかん。ため息をつくと幸せが逃げるんだった。「すぅっ」と息を吸った。さっきついたため息がまた肺に戻ってくれているといいのだが。
「き……緊張するね」エメンタールの少し離れたところにいる少女は苦しまぎれに笑う。「初めてだから、弱いと助かるなあ……」
それにはエメンタールも同感だった。「私はエメンタール! あなたは?」
カマンベール、と少女は名乗った。「よ、よろしく」
――――――warning!――――――warning!!――――――warning!!!――――――――
来た……!
さっきまで眺めていた青空が徐々に薄荷色になっていく。緑の、緑色の夜が来る。
意識をコアに集中させ、戦闘衣装に着がえる。手にはピンク色の大鎌が握られていた。今日。今日のこの時から、私の人生はがらりと変わるのだ。
轟音がだんだんと響きだす。薄荷色の夜空に浮かんだ黒い月から、真っ黒なもやがかかる。それはもくもくと育ち、轟音と共に形あるものとなっていく。
黒いバケモノ。吸い込まれそうな黒い虚構。――それが虚である。
「良かった、今回は一体ですね。お二方、頑張りましょう!」
虚が完成した。
四肢のある、人の形をした四足歩行のバケモノ。頭と思われる丸い部位の、口と思われる裂けた部分。そこから黒い吐瀉物のようなものを吐き散らしている。嘔吐の、耳障りな音がする。エメンタールは思わず耳をふさぐ。カマンベールも、不快感を露わにした。
――――気持ち悪い。なんだこれ……。
加えて、臀部と思われる部分の肛門のような穴。そこからも吐瀉物が滝のように流れ出ている。
どちゃどちゃ、どちゃどちゃ、どちゃどちゃ、
と黒い物体が地面を汚す。するとその落ちた汚物から芽が出てくる。芽は育ち、黒い麦や米が実った。
が、それはとたんに枯れ、後から落ちてくる吐瀉物に埋もれてしまった。
「ちょっ……五味さん! こんなのと戦うんですか!?」
「そうですよぉーほら早く! 準備万端でしょ! カマンベールさんはもう覚悟決めてるっぽいですよ!」
「えっ……」
カマンベールは自身の武器である鋏を使い、その刃で虚を貫こうとしていた。
「ぐっ……か、かったぁ……!」
虚。それは文字通り、その体の中は空洞なのだ。ただ、鎧のごとく非常に硬い殻でできている。それを破ってしまえばあっけないのだが、なかなか難しい。
かきん、かきん、と殻と刃がぶつかる音がするが、ただただ虚しかった。
オオゲツヒメ‐【おおげつひめ】
実りの虚。虚無を排泄する。固体と液体が混じった吐瀉物から、麦や米などの穀物が育つ。しかしそれは刹那。黒に色づきその生命は枯れていく。空虚は誰の腹も満たせない、それを受け入れられないハイヌウェレ。