空虚で満たす5
無機質なビルの狭間に聳え立つ国家管理局を見上げた。この茅色の教会は威厳と、どこか物寂しさを醸している。
重厚な装飾を重苦しそうに身につけながら佇むそれは、エメンタールの始まりを導いた場所だ。そのはずなのに、今はとてつもない脅威に見えた。五味うずらが、私の記憶を奪った。この事実がある限り、国家管理局が敵としか映らないのだった。
エメンタールはチェダーに関する記憶を奪われた。今では鮮明に思い出せる。なぜかパルメザンと彼女が戦っていたのだ。
そこにエメンタールが駆け付けた。しかしそのときにはパルメザンは気絶し、チェダーは一人傷だらけで立ちすくんでいた。
チェダーを呼びかけたが、彼女はそのまま黒い何かに包まれて……。うずらがいつの間にか。そしてうずらは御伽を噛み、その魔法でエメンタールの記憶を消したのだ。
ここまで経緯がわかっても、その意図がわからない。それを解明すべく、国家管理局に出向いたのだ。
木製の自動ドアを抜け、ホール正面にあるエレバーターに乗る。総務課に彼女はいるはずだ。そこに向かい、問い詰める。
柔らかな電子音が鳴り、「総務課」の文字がオレンジ色に燈った。
扉が開くと、無機質なデスクとモニターが立ち並んでいた。灰色の絨毯が局員の慌ただしい足音を吸収しているが、それでもどこかでは何かしらの機械音や電子音が響いている。
デスクはガラス製のパーテーションで仕切られていて、キーボードの打つ音が絶えない。忙しなく働いているが、定時になればここは一気にさびれた空間になってしまうのだろう。
局員はエメンタールを見やり、「なんでこんなところに子どもが」といった表情をした。しかし彼女が五味うずらのいるデスクへ向かっているとわかると、「ああ、地下の子か」といったように視線を落とすのだった。
うずらはデスクの横の人影に気づき、目を丸くした。「あれ、エメンタールさん? どうしたんですかこんなところに。今日はあなたお休みですけど……」
「惚けないで。うずらちゃん……私の記憶、消したでしょ」
それを聞いた彼女は、一瞬眉をひくつかせた。しかしその後、諦念のような表情でエメンタールを見詰めた。「ああ、やっぱりね」とでも言いたげだ。
「やっぱり気づいちゃいましたか……。不完全すぎましたね、付け焼き刃にもほどがあった。
ここで話すのもなんですし、私たちの地下でお話ししましょう」
「そこで話して、一体何になるの? 私に何か得すること?」
「……もちろん」
エレベーターを降りる。小さな箱の中、うずらとエメンタールの二人しかいなかったが、そこに会話は一切なかった。