空虚で満たす2
そのまま流れるように時は過ぎ、あっという間に放課後になった。傾いた太陽が少し眩しい。今日は当番なので、コトカは目を細めつつも国家管理局に向かう。電車の窓から刺さる日光も少し暑く、肌の温度がじわじわと上昇するように感じた。
国家管理局に着いたら、地下の博物館で当番全員が揃え監視塔で仕事を始めるという決まりだ。暖房と冷房の間のような、中途半端で温い空気が空調から流れている。本棚は壁沿いに天井まで聳え立ち、ワイヤーで吊るされた恐竜の骨たちは圧倒的な存在感を放っていた。
ギアーズの当番は、前よりも少し回数が増えた。
メンバーはもう四人になってしまった。ロックフォールが亡くなり、スティルトンが抜け……。四人という人数を局の見張りに一人、監視塔での見張りに二人という構成で回していた。任期はあと数か月のため、新しいメンバーが加わるということはないだろう。
「おお……すっかり元通りになってんなァ」
「あ、パルメザンさん。って、どうしたんですか、その傷……」
天井を見上げながらパルメザンが階段を下りてきた。
しかし、彼女の半袖のシャツと短いパンツから伸びるしなやかな腕と脚には、ところどころ傷が刻まれている。痛々しい赤茶色は浅かったり深かったり。彼女がいつも身につけている黒いベルトやガーターが、今日はまるで絆創膏のように見えた。
「ン? ああ、喧嘩したんだよ。チェダーと。まあ、ボクが負けたけど」
「あやうく死ぬとこだったぜ」とか、「折れてた骨は魔法で治したけど、もったいねーからちっちゃい傷はほっといてる」とか、ヘラヘラと笑いながらパルメザンは語っている。だが、コトカには聞きなれない単語が引っかかった。
「あの……その、チェダーさんって誰ですか?」
おずおずと質問するコトカに、パルメザンは目を丸くした。「今更何言ってんだ」とでも言いたいかのように。その返答が彼女の口から出るまでコトカは待った。
「は……? 何を今更。だからチェダーだって」
「えっと、だからそのチェダーさんって一体どちらさま……」「お疲れ様でーっす!」
地下に明るい声が響き、会話を中断した。五味うずらが笑顔で二人に駆け寄る。
「エメンタールさん、パルメザンさん……。あとはゴーダさんだけですね」
二人を順番に指差し、うずらは人数を確認した。そのあと姿勢を伸ばし、「じゃあ、今日もよろしくお願いします!」
普段ならうずらはそのまま博物館を去り自分の仕事に戻ってしまうのだが、階段へ向かう足を止め、「あ、そうそう」とコトカの方へ振り返った。
「エメンタールさん、残念なお知らせです。あなたの魔力指数が初期の数値『119』に戻ってしまいました」
「え……? どうして……?」
「わからないです……。でも、あなたは今まで私の力をほとんど使わずに、他のメンバーと協力できてるじゃないですか!」
彼女はにっこりと微笑み、切りそろえられた黒髪を揺らした。
「それに、我々にとっても重要な事実です。指数が低くても虚と戦える! って!」
たしかにそうだ。
どの戦いも、自分一人では無理だったに違いない。ここまでやってくることができたのは、周りのメンバーのおかげだ。そう、たとえばあの子……。
――――……あの子。
それが誰なのか、頭に浮かんでこなかった。散々助けられたはずなのに、どうも顔と名前が出てこないのだ。
一人で頭を抱えていると、気が付いたらうずらは消え代わりにゴーダが遅れてやってきた。監視塔に向かうのはコトカとゴーダだ。
「……………」
局を出るコトカをじっと見つめ、パルメザンは唸った。
「ウン……? いや、もしかしたら……」