やぶれない20
「お前……!」
至近距離、チェダーは彼女をきつく睨んだ。しかし新緑色の瞳はヘラリと笑い、夕陽色の眼を見詰める。
「ウケるねぇ……お前もボロボロじゃん……。二人とも死ぬかもな! アハハッ、ハァ……」
ジャラジャラと鎖の音だけが響き、星球がチェダーを狙う。その姿はまるで獲物を捕らえる肉食動物のようだった。
「ボクは意思さえあれば武器を動かせる……。それでキミを殴っても、ボクまで下敷きになっちゃうけどね。アHAHAHA」
お互いの腕や顔は傷だらけ。それでも彼女らにはそれぞれの信念と、希望と、意志があった。不毛を通り越した、ゴミのような争いであるにもかかわらず。
パラリ、パラリと壁の欠片が床に落ちる。チェダーがゆっくりと動いた。
背中の鈍い痛みが止むことはない。砂だらけの脚でふらふらと立ち上がる。
――……そして、手にある最後の御伽を喰った。
「誰が、死ぬかよ……!
あたしは、負けない! 敗れないっ……!」
右の拳が空色に光り、博物館が煌々と満ちた。
それは目の前にいる少女目がけて、
拳と頬がぶつかる。
少女は赤でその身を汚し、吹きとばされた。ばたり、ばたりと床を跳ね、やがて静止した。
ヒューヒューと息は細く、蛇は死んだように落ちた。
――――勝った……。
眩むような視界の中、なんとか意識を保ち武器を手に取った。もう終わった。あたしはこの武器と御伽で力を手にする。誰に何言われようとも。全てはあの子のために。
「……」
「……」
――――……あの子。
「乙ちゃ……チェダーちゃん!」
息を切らし、淡い茶色の髪をした少女がやってきた。
友人を見つけた彼女は、一瞬だけその顔に光が灯った。そしてすぐ、惨状を目の当たりにする。
傷でボロボロの友達。壊れた壁と床。朽ちたような本の山。まだ濡れて光る鮮血。
「乙ちゃん……? どうしたの? これ、どういうこと……?」
「…………
……あんた、誰?」
「…………へ、?」
どろり、と黒い何かが落ちた。
それは、
局津乙の、拳だったもの。
黒。
黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒。
黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒。
拳だけでなく、脚、肩、首、頭。
どろりどろりとチーズのように、真っ黒に、変わっていく。
それはもう人間――――「局津乙」ではなかった。
「乙ちゃん……! 乙ちゃん! ねえ!」
雪平コトカは、彼女がいたところへ駆け寄ろうとした。
が、やむをえず。
「見ちゃいましたか。
また記憶がなくなっちゃいますねぇ」
その声を聞いたが最後。
眼帯の少女の笑う顔を目にした後、視界は暗転した。
次回の更新は四月七日です。よろしくお願いします。