やぶれない17
ばき、と瓦礫と鈍器のぶつかる音がした。ハンマーで殴られた虚は地面に叩きつけられ、自身の鎧にヒビをつくった。
地に落ちたあと、衝撃でボールのように転がる。人間だったら子どもだろう、非力で哀れな空虚の怪物。チェダーは空中を浮遊したまま、敵を見据えた。
このまま勝利に向かう、と思いきや。
天からがらがらと落ちる雫型の瓦礫。涙の虚はその一粒を掴み、吸収した。
みるみるうちに、刻まれたヒビが消えていく。傷一つない、新品のような鎧に変わった。両手で顔を覆ったまま、ギチギチを軋んだ音を発す。ナイフのような金切り声が空間を切り裂くようだった。
――――涙で、治癒が出来るのか。
ならば……吸収させなければいい話だ。
四つ目の御伽を喰う。虚の周りに、シャボン玉のような膜が出来上がる。雨露の虚と交戦したときと同じものを、今度は敵に装着させたのだ。ただ、それだけではない。
次々に御伽を口に放り込んだ。喰えば喰うほど、膜に針が伸びる。もちろん内側に、虚に向かって。
球体の中だけに、針山のような空間が出来ていく。その針先は、漆黒の鎧を切り裂き、貫き、傷をつけた。閉じ込められているため、治癒は出来ない。チェダーは地面でのたうち回る敵を冷たい目で眺めた。
そろそろ、膜の限界だろう。この防具の耐久力は、期待できるものではない。じきに弾け、消えてしまう。その瞬間を、じっと待つ。悲鳴に悲鳴が重なり、嫌な音が響く。しかし今のチェダーにとっては蚊の羽音同然だった。
ぱきり
――――……! 今だ……!
シャボンの膜が風船のように割れる。針はガラスのように砕け散り、砂のように舞った。
中にはボロボロの異形が、ガタガタと震えている。欠陥ばかりの腕を伸ばし、涙に触れようとした。しかし、
真上から振り下ろされたハンマーの下敷きになり、悲鳴と共に砕け散った。
たった一回ではない。何度も、何度も何度も虚を殴った。その度にはじけ飛ぶ鎧の破片は、まるで黒い血液のようだ。
Congratulation.
「やった……。一人で、この手で……!」
――――……やってやった! 見たか、パルメザン。
傷一つない姿で、監視塔の屋上に戻る。カマンベールとパルメザンの二人は、そんな彼女をぽかんと見つめた。
「やりやがったねぇ……」
「ですね。じゃあ私はもうやることないので、帰ります」
――――はっ……?
「ちょ、なんか言うことないわけ? 前から思ってたけど、あんた帰るの早すぎ」
「なんか……。なんですか? まさか感謝をしろとでも? あなたが、勝手にやったのに?」
「……」
「帰るのが早いのは、私には他のお仕事があるからです……。もともとこの組織に協調性なんてないですし、自由では? あなたの価値観を押し付けられても、私はあなたじゃないので困ります」
そのまま、カマンベールは去っていった。確かに正論だ。敵に勝ったのに、無駄な悔しさがチェダーの中に生まれてしまった。
「アハハ、見事言われちゃったねえ? アイツ、おとなしい感じだけど結構キツイよなー」
「うるさい」
「黙んねーよ。……ずっと見てたけど、キミさあ、あの戦い方はまずいぞ」