やぶれない16
「砂漠の法廷」
砂塵のせいで目が霞む
日照りのせいで目が眩む
涙一つも溢せない
オアシスのない法廷は
誰を裁くか
誰が裁くか
そこにはただ独り、
「有罪」
・ ・ ・
その頃、雪平コトカは既に学校を離れていた。
自宅のドアを開け、玄関で制服のローファーを脱ぐ。電子音が鳴ったあと、部屋が白い光で溢れた。そのままキッチンへ向かい手を洗う。水の刺さるような冷たさが甲を走った。
――――乙ちゃん、大丈夫かな……。
局津乙が今日の当番であることは知っている。ギアーズの仕事なんていつも通りのはずなのに、どこか胸に引っかかるのだ。
粉末のミルクティーをカップに入れ、熱湯を注ぐ。陶器から伝わる温度はまるで至福のときが始まるかのようだ。
しかし、それだけでは引っかかる「何か」は消えない。紅茶を飲み、体に熱さが流れ込んできてもスッと冷めてしまう。こんな気持ちは、初めてだ。
ならば、答えは一つしかなかった。
――――……会いに行こう。乙ちゃんに。
明日になったら、では遅い。当番が終わったら、乙は博物館に戻るだろう。そうと決まってからのコトカは行動が早い。
制服のままだったので、クローゼットから普段着を取り出す。着替え終わり、玄関でスニーカーを履いた。置きっぱなしのローファーにつまずき、忙しくドアを開ける。
ウェーブがかった髪が風で乱れることすら気にしなかった。
・・・
雫型の瓦礫が、ぼろぼろと落ちる。
少女のような姿をした黒い影は、顔を覆い下を向く。
「涙の虚、といったところですかね」
ふわふわと空中に浮かぶ涙の虚が悲鳴のような泣き声をあげた。耳を劈くほどのそれに、チェダーは思わず顔をしかめる。
がりり、とまずひとつつ。
泣き声の対策として御伽を喰う。見えない耳栓のようなものだ。
そして、ふたつ。
今回の虚は子どものように小さい。素早く逃げられたら仕留められないので、自身の俊敏さを上げた。
最後に、みっつ。
おそらく……いや、ほぼ確実に空中戦だろう。飛行するための御伽だ。
「よし。とりあえず、これで」
敵を睨み、位置を計った。「あたしが一人でやる」なんて言ったら、また嗤われるだろう。今度は何も声をかけず自分で行動することにした。
地面を蹴り、飛び立った。その様子を見たパルメザンとカマンベールは、見合って苦笑いをする。
「始まった」
「どうしますか、あまりに身勝手だと思うのですが」
「別にいんじゃね……もともとギアーズ(ここ)に協調性なんてねーし。HAHAHA」
「ふふっ……そうですね」
そんな二人など知らずに、チェダーは空を駆ける。武器のハンマーを握り、敵に近づいた。空から降る涙の瓦礫を避けながら、大きく振りかぶる。
彼女は槌で戦う少女だ。
しかし、本当に鉄槌が下っているのは、彼女自身。
証言台に立つ被告人も、弁護側につく者も、検察側で被告人を睨む者も、判決を言い渡す者も、全員――彼女だ。
有罪。
有罪。
有罪。
有罪。
裁判は何度でも続く。それに終止符を打つのだって、彼女しかいない。
幼き日、傷つけてしまったあの子に償いきるまで。
ずっと。