やぶれない13
「でもまあ……一人であれほどのダメージを与えられたのはあなたの力ね。決定打が傘だったってだけで」
「そうだよ! 頑張ってくれてありがとう!」
「……倒せなかったら意味ないよ」
青空が広がり、三人は変身を解いた。業務はもう終わりだ。
「そんなこと言わないで……。あっ、そうだ! この後また紅茶飲みにいかない?」
「紅茶? コーヒーではなく?」
「あんまり飲んだことは……。ゴーダさんはコーヒーの方が好きですか?」
「そうね。濃く淹れたコーヒーはどんな病気も治せるわ」
「え? ……いやいやいや、それはさすがに」
「……」
「……」「……」
沈黙が流れた。
「やっちまった」と言わんばかりの表情を隠せずにいるエメンタールは、チェダーの顔色を窺い慌てる。チェダーは変わらず下を向いたままだった。それを見たゴーダはため息をつき、沈黙を破った。
「私、もう帰るわね。もう終わったし」
西日がビルとビルの間に射しこみ、空は橙色が迫りきている。そのまま彼女は屋上のドアを抜け、去った。二人分の濃い影だけが、そこに落ちていた。
「乙ちゃん……あの、落ち込まないで大丈夫だよ。本当に。だから、」「だったらさぁ」
「――! な、なに」
座り込んでいた乙は立ち上がり、コトカをじっと見つめた。その瞳はひどく冷たい。コトカはなぜか泣きそうになった。しかし、冷たいはずのそれの奥には計り知れないほどの愛情と、悲しみがあるようで。
「だったらさぁ、あんた、一度でも強くなったわけ」
「それは……たいしたことないよ。だけど、」
「意味ないんだよ!」
「……え」
まるで、空気が氷の中に閉じ込められたようだ。凍えるように震え、左胸がどんどん冷たくなるような気がした。その空気の中で、哀れな怒号が響く。
「強くなきゃ意味ない……。ゴルゴンゾーラも、ロックフォールも、なんで死んだ!? 弱かったからだよ! 弱いんだよあたしたちは! 敵にも、自分自身に対しても! それでどう生きれるっていうの!?」
「乙ちゃん、違うよ。弱いのは何も悪いことじゃ……」
「悪いよ。全部悪いよ。
あたしは、強くなきゃ、あんたを守れなくちゃ、生きてる意味なんて……! あっ……」
しまった、という表情で乙が硬直した。しかしもう遅い。
「……どういうこと……?」
「………………ごめん、帰る」
戸惑うコトカを横切り、そのまま乙が去る。ドアの閉まる音が虚しく響いた。
「なんで、乙ちゃんが私を……?」
・・・
そのあと乙は、雑踏を縫いながら電話をかけた。忙しいだろうかと不安になったが、五コール目で繋がった。相手の言葉を待たずに、切羽詰まった様子で乙は話す。
「もしもし先生ごめん。コトカにばれたかもしれない」
『あー……。一体何を言ったの?』
「はっきりとは言ってないけど……。あたしが何をしたいのか、悟られた気がする」
『“償い”を?』
「うん。平気かな……。記憶がおかしくなっちゃうとか、そんなことないよね……?」
『その程度なら大丈夫だ。詳しく言ってないのなら』
「良かった。それだけ。忙しいのにわざわざごめん。それじゃあ。
御中先生」