やぶれない9
食堂は案の定、生徒で溢れていた。
薄い桃色のテーブルに、クリーム色のソファ。雪平コトカと局津乙は、端の方に向かい合って座った。コトカの前にはオムライス、乙にはサンドイッチがそれぞれ置かれている。それでもなお、乙は自分のPCを睨みながらパンを齧る。
「乙ちゃん……何見てるの?」
「……。
さっきの授業、パスカルが言ってたよね」
「えッ?」
――――パスカル……。乙ちゃんを見てて聞いてなかった……!
確かに、教師はデカルトのあとにパスカルの話に移った。しかしコトカの頭にはまるで入ってこなかったのだ。あとで乙に詳しく聞こうと決意し、ため息をつく。右手に握った銀色のスプーンを思わず皿に置いてしまった。
――――ていうか乙ちゃん、なんでちゃんと聞けてるの……。
彼女の脳に少し嫉妬したコトカだが、当の本人はお構いなしに話を続ける。
「『考える葦』。人間は葦みたいに弱いけど、思考を持つ偉大さがある。獣みたいに強い牙や爪もないし、虫みたいに毒もない。人間は本当に、弱いよ。思考だって、いつも役に立つとは限らない。
……コトカ、強さってなんだと思う?」
PCから目を離し、乙はコトカをまっすぐと見て問うた。少しつり上がった、橙色の瞳。しなやかに伸びた睫毛。彼女がコトカの桃色の目を捕らえ、離さない。彼女の瞳は、いつもよりずっと真剣だった。
「……強さ」
「そう。人間は人間が思うよりずっと弱いんだよ。物理的にだけじゃない、精神も。それなのにどうして、強さに縋るんだろう? 弱いってよくわかってれば、こんなに悩まなくて済むのに……」
「悩み……? 乙ちゃん、悩みがあるの? 私でよければ、聞くよ」
「――その悩みがこれだよ」
少しだけ、嬉しかった。乙には悪いかもしれないが、彼女から悩みや不安を打ち明けてくれただなんて。
緩みそうな頬を無理やり張り詰め、コトカは自分の答えを述べた。
「人は、強いよ」
「……話聞いてた?」
「あっ、ごめんねっ! 乙ちゃんの言ってることが違うってわけじゃないの!
あのね……人は確かに弱いよ。武器を作らないといけないくらい弱いし、少し心が傷ついただけでもだめになっちゃう。
ただね、『誰かの力になりたい』って思ったときは、とっても強くなるの。人は、人がいると強くなるの」
「……コトカも、誰かの力になりたいって思うの?」
「思うよ。……私のは『あの人のようになりたい』かもしれないけど、それも同じ。その人みたいになれたら、その人の力になれると思うから」
コトカはまっすぐと、曇りのない瞳で“その人”を見た。
自分の弱さは痛いほどわかっている。しかし、それで守ることを諦めるなんて出来るわけがないのだ。
――――……私がなりたい人は、すぐそこにいる。すぐ……。
「なるほどね。少し安心したかも、ありがとう。……じゃああたしは、もっともっと強くなれるね」
「えっ。乙ちゃん、守りたい人がいるの?」
「……うん」
――――……目の前に。




