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やぶれない8

 忍び寄る敵意などつゆ知らず、雪平コトカは日常に溶け込んでいた。


 白が支配する、清潔感に溢れた教室。窓から覗く木々はとうに茶色く枯れ、奥に広がる空は雲に覆われている。綿のように柔らかく控えめな光は、窓際に座るコトカに降り注いだ。

 教科書の該当ページまでパネルをスライドしながら、教師ははきはきと教室に声を響かせる。


「『困難は分割せよ』。こんな言葉を残したのがデカルトです。合理論哲学の祖と呼ばれる彼は、演繹に重きを置いて考えました。

実験を複数回行って結果を得るのが帰納ですが、必ずしも“全て”同じ結果になるわけではありません。状況によって変わる場合が少なからずあります。

だからデカルトは、結果を前提として規則を見出す演繹にこだわりました。これが合理論です。


また、『われ思う、ゆえにわれあり』という言葉も彼が表したものです。近代哲学において、自我の存在が第一の原理となりました。神でも感覚でもない『私自身』――自我が、世界で最も確実であると、彼は言ったのです。ゆえにデカルトは、『近代哲学の父』とも言われています。しかしその後に、パスカルが登場しますが――――」



 ――――勉強は苦手じゃない。


 かつて入院していた間、勉強や読書が生活の基盤だった。TVは夜しか面白いものがないし、だからいつでも自分の世界に浸れる学びや物語の世界が好きだった。

 その世界は、どこまでも満ちていて、からっぽの自分を埋めてくれるようで。


 ――――だけど、そんなことなかった。


 大事なものは常に埋まらなかった。どれだけ知識を詰め込んでも、誰かが見つけた誰かの法則。……自分のじゃない。それでは駄目だった。もっと具体的に言えば、勉学や物語は借り物でしかないのだ。それは「雪平コトカ」を作り上げるものではない。


 ――――私がもっと欲しいのは……。


 教科書から目を離し、斜め後ろの席をちらりと見やった。――局津乙の机だ。


 ――――……? 何書いてるんだろう?


 カタカタと個人用のPCで何やら書き込んでいた。授業はまるで聞いていない。……いつも通りと言えばいつも通りなのだが。

 その顔は険しく、ときに入力した文字を一気に消すような素振りまで見られる。何を思考錯誤しているのか。


 沸き起こる疑問を掻っ攫うかのように、チャイムが鳴った。


 静かだった同級生たちは教師が去ると、一気にどやどやと散らばった――昼食の時間だ。教室を出て食堂まで行く生徒や、その場で弁当箱を開ける生徒。その中で乙は依然としてキーボードを叩いている。おそらく、授業が終わったことに気づいていない。


 コトカはいそいそと教科書やらノートやらと閉じ、乙の机まで弾むように歩んだ。


「乙ちゃん。……乙ちゃん」


「…………! あっ、えっと、コトカ。どうした?」


「お昼! ……食べよ!」

 

「いいよ。食堂行く?」


「行く!」


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