やぶれない6
黒い波が脈打ち、塔の白い壁にばしゃりとぶつかった。飛沫が跳ね、水の珠がまた海面に吸い込まれていく。
気温はみるみるうちに下がるようだった、嵐のような夜が今ここにある。
目の前には、月の欠片を集めてできた海の虚。頭は丸く、体は恐ろしく大きい。その手のひらは少女一人など容易に握りつぶせてしまうだろう。それが動くたびにガチガチと鎧と鎧のぶつかる音がした。虚の下半身は海に埋もれているため確認できない。チェダーの頬に一筋の汗が伝った。
――――……さて、どうする。
自身の武器である空色のハンマーを握り考えた。武器を巨大化させて殴る? パルメザンに拘束してもらう? そもそも敵に近づくには? 海は依然として黒く揺蕩う。
「……よし! チェダー、ハンマー貸して」
「はっ?」
許可をする余地も与えず、パルメザンはそれをひったくった。そして、
投げた。
「えっ、ねえ! どういうこと!?」「大きくして! 早く!」
「っ……、くそ、」
武器に意識を集中させた。空中でそれはぐいぐいと伸び、虚の半分ほどの大きさになった。
「サンキュー、HAHA。ィ……よッと」
じゃらじゃらと金属音が鳴る。……パルメザンのモーニングスターだ。香車のようにまっすぐとそれは伸びる。
このまま虚を縛るのか、と思いきや、違った。
ハンマーの柄にぐるぐる巻きつき、ハンマーを一本柱のように海に突き刺した。大きな虚の横でそれは立つ、伸びた鎖はピンと張られている。パルメザンは武器の柄を地面に突き刺した。
「ほら、橋が出来たぜ」
「……」
橋というか、綱だ。足場にするには細すぎる。チェダーはため息をついた。けれども、武器は遥か彼方。パルメザンめ、よくも……。
「じゃああとは頼んだ、カマンベール」
「はい」
――――……?
「えッ、ちょ、ちょっと、」
とたんにカマンベールは跳躍し、鎖に足を付けた。彼女の履く下駄はカラカラと鳴りながら鎖を渡る。瞬く間に彼女は虚に近づき、武器――黄色い大きな鋏を取り出した。
跳。
鎖をバネにし、跳んだ。
ゆっくりと空中を舞い、それと同時に鋏をばらした。――鋏から双剣に姿を変え、カマンベールは両手にそれを握りしめる。
そのまま、
刻。
まるで金色の旋風。刃は蝶のように舞い、虚を蜂のように刺した。
紙を切り刻むかのように虚の鎧が壊れていく。斬れば斬るほど、敵は形を失っていく。
チェダーはただただそれを眺めているだけだった。
隣にいるパルメザンは陽気に笑いながら何か言っていたが、そんなもの頭に入る余地などない。
――圧倒的実力の差だった。
チェダーが何をしていいかわからず狼狽していた間、あの二人はすでに解決方法を導き出していたのだ。チェダーはとたんに自分が恥ずかしくなった。何が「潰す」だ。自信過剰も甚だしい!
……ばらばらになった虚の破片はそのまま海に沈む。重いものが落ちるドボドボという音が絶えない。カマンベールは顔色一つ変えず、鎖の綱に乗っていた。吊り橋のようにそれは揺れたが、彼女にとっては気にするまでもなかった。
――――――!!!!!!congratulation!!!!!!――――――
黒い海は干上がるように姿を消した。空が日常を取り戻す。もう西日が射しこんでいる。オレンジ色が押し寄せてくるような空だ。
――――……どうして今まで気が付かなかったんだろう。
――――あの子を守るには、私はまだ弱すぎる。
――――……もっと強く、
――――強くならなきゃ。