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ラプチャー12


 

 冷え切った沈黙が流れる。ほんの数秒だったが、二人にとっては永遠のようだった。


「何の冗談を……ここまで来て、私をからかうのか? ……キナバなあの建物の中か」


「違うッ……! 冗談なんかじゃない……キナバ(わたし)はここにいる」


 ……


 …………


 ………………


 棚畑喜丞は、「穏やか」という単語が似合う少女だった。柔和で、優雅。そんな彼女が声を荒げている様子など見たことがない。

 しかし、今現在指扇捷子の前での彼女は手首の数珠をジャラリと鳴らしながら叫んでいるのだ。

 

「これなら……これなら、信じるか?」


 そう言いながら、喜丞は何かを取り出す。それを見た捷子は……絶句した。


「『ニルヴァーナ』……!」

                              

「そうだ……君も調べたなら知ってるだろ。……『カマドウマ』しか所有しない、死への種」


 彼女の手には、真っ赤な丸い錠剤が姿を見せていた。飲めばほとんど苦しまずに死ねる危険な薬。国の取り締まり薬物の対象だが、『ニルヴァーナ』という名前だけが露呈し、実物を見た者は僅か。その存在すらも疑われているほどだった。

 だが、『カマドウマ』について調べればすぐに目に留まる名前である。その薬によって、信仰に基づき死へ旅立っている……などと書かれているのが常套だった。


「……嘘だ……」


「嘘じゃない……。これはどの文献にも書いていないが、キナバというのは誰でもなれるわけじゃない。棚畑の姓を持つ者だけ……交響曲シンフォニーを起こしたキナバも同様。……もう亡くなってるけどね」



 落ち着きを取り戻した喜丞に、今度は捷子が動揺しながら彼女の白い襟を掴んだ。捷子の瞳は見開かれ、額には汗が滲んでいる。苦痛に顔を歪ませながら、現実を否定しようともがいた。


「なぜっ……なぜ、私をここまで導いた……! どうして、お前はッ!」


「……。



救いたかったから」


 自分でもわからない。わざわざ殺されるような真似をするなんて愚かを極めている。それでも喜丞は全てを話した。転がる噂の真偽も、ここの存在も、自身の正体も。矛盾だらけな行動なのは百も承知……救出という呪いで縛られていることが、全ての原因だ。



「だから……殺せ。思うままに。もう未練なんてない……ここの信者――私が導く相手は全て消えた。ならば今度は私……漢徒羅が死を崇拝するから、その実行をするだけだ。


早く……呪いを解いてくれ」



「ッ……! 意味が、わからないんだよッ……!」


「…………」


 襟を握る手がゆっくりと力なく降ろされた。揺れていた喜丞の髪留めは静止し、重たげに垂れる。虚空を見詰めるような眼差しが、喜丞に痛く刺さった。神は救う存在だが、その神自身を救ってくれる存在などどこにもない。


「……どうして」


 空虚さを孕んだ声が、空気を響かせた。その主は目を見開き、冷や汗を頬に伝わせ、呆然としている。

 彼女に降りかかった無数の疑問を取り払うのは、一生かかってでも成しえないだろう。それでも彼女は、声を振り絞った。


「ならば、私の答えは……――」


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