ハンムラビも鼻で笑うレベル
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病室はいつだって白い。
コトカはベッドから上半身だけを起こして、外を眺めていた。
換気のために開けた窓から、生温く、綿のように柔らかい風がコトカの肌を撫でる。光で透けたカーテンが空気を漂った。
「……ミコトさん」
『なあに? コトちゃん』
ミコトと呼ばれた看護師は、『これ、臣くんからよ』とキウイを皮ごと果物ナイフで二つに分け、片方を冷蔵庫に保存した。
もう片方はスプーンと一緒にコトカの手へと渡る。
「ありがとう」
手先を器用に使い、その果実をスプーンでくり抜く。
看護師はそれを優しい眼差しで眺め、ベッドの隣に腰かけた。
キウイを頬張りながら、コトカは看護師に問いかける。
「ねえ……一体いつ、退院できるの? ここから出られるのは、いつ」
『…………記憶が戻ってからよ』
「ミコトさん、私はどこも悪くないよ、覚えてることもたくさんあるの。物の名前も、小学校で習った勉強も、友達と暗記した円周率だってまだ暗唱できる、覚えたところまでだけど。
目が覚めた十月から、ずっとこの病院にいるの! もう三月だよ、別に全部じゃなくたって――――」
『だめなの』
ミコトはぴしゃりと言い放った。
真っ白な空間に、緊迫とした空気が張りつめる。
『全部じゃないとダメ、なんじゃないの。思い出すべき記憶が戻ってないからダメなの。じゃあアナタ、お母さんのお顔とお名前、思い出せる? お父さんは? 円周率を覚えたそのお友達は? 自分にとって大事な人は誰ですかって聞かれたら、アナタは答えられるの?』
「…………!」
喉の奥がきゅう、と締まった。今にも涙が零れ落ちそうなほど。
『……』
『ごめんなさい、言い過ぎたわ。…………そのキウイを食べ終わったら、院長に聞いてみましょう。……コトちゃんも新学期、ちゃんと迎えたいものね』
ぼやけた視界の中、銀色のスプーンで果実をすくった。
黄緑色のそれは次第になくなる。
ざらざらとした茶色い皮だけが残り、空洞をつくった。
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