メタモルエメンタール
〈育児日記1〉
一月十九日、十二時四十一分。愛する我が子が生まれた。
二八〇〇グラム。少し小さい代わりに、私の愛で包んであげるのだ。この子には重すぎるだろうが、可愛いのだから仕方ない。
魔法はこの世にはないけれど、存在しないけれど、そんなものがなくたってこんな素敵な宝物があるのなら魔法なんていらない。心からそう思った。
私のもとへ来てくれてありがとう。生まれてきてくれてありがとう。
・ ・ ・
――青空の邪魔をするには十分すぎるほど、高層ビルだらけだ。
いくら上を向いても、目の端っこあたりに映る無機質な直方体の群れはなくならない。
エメンタールはため息をつき、敵の襲来を待ち続ける。……ああ、いかんいかん。ため息をつくと幸せが逃げるのだった、「すぅっ」と息を吸った。
柔らかい毛布のような春風が頬を撫ぜた。それにつれて、髪がふわりと空気に乗る。踏みしめている芝生は青々と、くすぐるように揺れた。しかしそんな穏やかさとは対称的に、少女たちは額に汗を滲ませる。
「き……緊張するね」
エメンタールの少し離れたところにいる少女は、苦しまぎれに笑う。
「初めてだから、弱いと助かるなあ……」
それにはエメンタールも同感だった。
脳裏をよぎる一抹の不安を振り払うかのように、彼女はわざと声を明るく放つ。
「私はエメンタール! あなたは?」
カマンベール、と少女は名乗った。「よ、よろしく」
――――warning!――――warning!!――――warning!!!――――
来た……!
先程まで眺めていた青空が、徐々に薄荷色になっていく。淡い緑の、夜が来る。
エメンタールは意識を”核”に集中させた。桃色の光が包み込む。すると、彼女の服装は戦闘用のものに変わった。
自身の武器である桃色の大鎌を握る。手のひらは少し汗ばんでいた。心臓の高鳴りは治まりそうにない。なぜなら、
――――……今日。今日のこの時から、私の人生はがらりと変わるのだ。
――これは、からっぽの物語。
……からっぽな人間の物語。――