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第八話

「流石、魔剣を持つ者。尋常じゃない強さだ」


 伊織とヨルゴの戦いは、伊織が優勢という状況が続いた。

 木の棒でも振っているかのように軽々と金棒を扱うヨルゴだが、しかし防戦一方という状況。

 というのも、伊織の攻撃速度が尋常じゃなく早い上に、その一撃一撃が非常に重いのだ。


「だが、しかし!」


 繰り出される伊織の薙ぎを身を屈めることで回避するヨルゴ。

 ヨルゴの動きに即座に反応し足を出そうとした伊織だが、しかしヨルゴの方が動くのが速かった。

 ヨルゴの足払いによりバランスを崩し、背中から地面へと倒れた伊織に対しマウントポジションを取り、金棒を構えるヨルゴ。


「過去の所有者による鍛錬や経験をそのまま得た力。……だが君には実戦経験がまるでないのだろう。君自身の力が弱すぎる」


 ヨルゴの言葉は正論だった。

 魔剣によって力を得た伊織だが、やはり伊織自身は戦いに関しては素人も同然。

 自身ではなく過去の所有者の経験もそのまま自身の経験のように体に刻み込まれているが、戦況の判断や相手の行動に対する咄嗟の思考は伊織自身によるものだ。


 確かにそうだ、と伊織は思った。

 今のだって、ヨルゴが身を屈めた段階で足払いが来ることは予測できた。

 しかし、伊織はそれを回避するのではなく、そこに追撃を入れようとした。

 恐らく、以前の持ち主である魔王であれば足払いを回避しただろう。伊織自身も魔剣によって刻まれた経験を束ねれば、回避した上で追撃を入れるのがベストだと理解していた。

 しかし、伊織は回避をせずそのまま追撃を入れた。それは伊織自身の判断力の甘さが招いたことだ。


「さようならだ」


 ヨルゴの金棒が振り下ろされる。

 このまま死ぬのか? ここで終わっていいのか?

 先程経験した死の恐怖が、再び伊織を襲う。


「死ぬわけには、いかねえんだよ」


 振り下ろされる一撃。

 伊織は頭をずらすことで回避するが、その悪あがきもヨルゴは織り込み済みなのか、すぐさま二発目を入れようと構えなおす。


 繰り出される突き。

 それを伊織は左手を出し金棒を掴むことで防いだ。


 金棒の棘が、伊織の手に食い込む。

 鋭い痛みが伊織を襲い、手からは血が滲み出るが気にもせず伊織は金棒を掴む手に力を入れる。


「なにっ!?」


 伊織によって握りしめられる形となった金棒は、音を立てて粉々に砕け散る。

 得物を破壊されたヨルゴは伊織の上から退き、距離を取る。


「手で受け止めるだけでなく破壊されるとは……驚いたぞ!」


 新たに金棒を呼び出し、構えるヨルゴ。

 窮地を脱した伊織だが、しかし戦況は伊織が不利である。

 先程まではお互い損傷なしだったが、現在伊織は左手に傷を負っている。

 金棒を受け止めるだけじゃなく、握りしめたのだ。傷は浅くない。

 剣を握るのは無理だろう。


「俺は……」


 右手に持つ魔剣を、ぎゅっと握りしめる。


「俺は……!」


 俯きながらも、魔剣を更に力を込めて握りしめる。


「俺は……元の世界に帰る。だから……こんな所で、死ねない」


 顔を上げ、ヨルゴに向かって走り出す伊織。

 その速度は異常なほど早く、一瞬で距離を詰めることに成功する。


「あくまで向かってくるか。……その意気やよし。全力で叩き潰そう!」


 魔剣と金棒がぶつかり合い、そのまま鍔迫り合いになる。

 片手で剣を握る伊織に対して、両手で金棒を持ち応戦するヨルゴ。

 当然力はヨルゴの方が入るのだが、しかしいくら金棒に力を入れようともまるで押し返すことができない。


「片手でこれ程の力とは……なんという!」


「あんたの言う通りだ。俺は偶然拾ったこの剣の力によって強くなっただけで、俺自身は所詮ただの一般人。持つ力に対して俺自身の力が弱すぎるなんて、俺だってわかってんだよ」


 剣を持つ手に力を込める伊織。


「なぁレーヴァテイン。もっと寄越せよ、お前の力を。……あれが全てじゃないんだろ? コイツを圧倒できるくらいの、力、寄越せよ」


 力こそ手に入れたが、先程まではただの一般人だった伊織。

 戦闘経験がまるでない伊織では、いくら強大な力を手にしようと持て余してしまう。

 

 ならばどうすればいいのか。

 伊織が出した答えは、技術で適わないなら相手が敵にもならない程強大な力を持って叩き伏せればいいという、何とも脳が筋肉で出来てそうなものだった。


 伊織の言葉に呼応するかのように、赤く光る魔剣。

 魔剣が光ると同時に、伊織は自身に力が溢れてくるのがわかった。


「この輝き……魔剣が真に所有者と認めたとでも言うのか!?」


「まだだ……もっと寄越せよ、レーヴァテイン。コイツを殺して、生きて帰るんだよ。その為の、力、寄越せよ」


 さらに輝きが増す魔剣。

 それに合わせて伊織に溢れる力も増していく。


 鍔迫り合いとなっていたその状況は、伊織の魔剣によって金棒が両断され幕を引いた。

 二度も武器を破壊されたヨルゴ。慌てて距離を取り金棒を呼び出そうとするが、しかしそれを伊織が許さない。


 距離を詰めた伊織は、そのままの勢いを利用した突きを放つ。

 神速の一撃と呼ぶに相応しい一その撃を、回避することが出来ず腹部を貫かれるヨルゴ。


「私が負ける、か。しかし、忠告しておこう。今の君は魔剣の力に振り回され過ぎている。今のままで行けば君は死ぬだろう」


「そうだろうな。俺自身がこの力を完璧に操る必要がある。……この世界で生き抜いて行く為に必要なことだ。それが分かっただけでも、あんたとの戦いは無駄じゃなかった」


「っふ……わかっているようならいい。その魔剣は君を認めている。君自身が強くなればなるほど、その魔剣も君に更なる力を与えるだろう。……奥に進むがいい。我らが主によって残された力。それはいつか、君の目的を果たす際に大きな力となるだろう」


 剣を引き抜く伊織。

 崩れ落ちたヨルゴは、現れた時と同じように黒い靄に包まれ、跡形もなく消え去った。


 ヨルゴが消えると同時に、それまで閉じていた扉が独りでに開く。

 先へ進め、とのことなのだろう。


「……俺の目的に役立つ、ねぇ」


 伊織の目的は生きて日本に帰ること。

 残された力、というのがなんなのかはわからないが、正直な話伊織はあまり期待していなかった。


「膨大な魔力でも得られたとしても、城の奴等を使って帰るにはこの世界での問題を解決する必要があるしな……」


 伊織が城へ戻らなった理由は二つだ。

 一つは自分を見捨てたクラスメイト達。生き残ることができたからといって、自分を見捨てた彼等の元へ戻ろうとは思わなかった。

 二つ目は、力を手にした時も思ったことだが、戦う力を得てもこの世界の為に動こうとは思えなかったのだ。


 リヒターには色々と良くしてもらった恩がある。

 しかしリヒターは立場上伊織と顔を合わせることは少なかった。

 リヒターと顔を合わせる機会が少ないということは、それだけ城の人間から酷な扱いを受けるということ。

 リヒターへの恩はあっても、やはり城へと戻る選択肢を伊織は取ろうとは思えなかった。


 帰るには城の奴等の魔法を使うしか現状手はないが、それ以外で手があるのならそれを探し出すまでだと迷宮の探索を行い、そして今現在に至る。

 元の世界に帰れる転移魔法を扱える人間と出会うか、もしくは自分自身がその魔法を行使できるようになるか。

 伊織が元の世界に戻るためにはこのどちらかを期待するしかない。


「ま、行ってみりゃわかんだろ」


 この先に何があるのかはわからないが、かといって考えていても仕方がない。

 そう思った伊織は先へ進むべく、歩を進めた。




「こんなボロい遺跡の中にこんな部屋があるなんて信じられんな」


 ヨルゴを倒し開いた扉の先に伊織を待ち受けていたのは、六畳間程の広さの部屋だった。

 そしてこの部屋は先程の広間にあった扉と同じように、この遺跡には不釣り合いな程真新しい。

 傷一つなく、先日ワックスをかけたばかりなのか? と思わせる程磨かれている床。

 壁や天井にも当然亀裂はなく、何処からか齎される光によって、まるで部屋の中が輝いているように錯覚する。


 そんな部屋には、これまた手入れを行っていないだろうと思わせる程奇麗な石版。

 何か書いてあるようで、伊織は石版に近付くと息を飲んだ。


「明らかに日本語じゃないが……不思議と何が書いてあるのか理解できる。なんかの魔法でも使われてるのか?」


 石版に刻まれている文字は、明らかに日本語ではない。

 伊織の知識の中では、日本でいうアラビア語のような文字。当然伊織にそれを読み解く知識はない。

 だが、何故かわかるのだ。何が書いてあるのかが。


「こんな迷宮の奥に遺されたメッセージだ、何かとんでもないことが記されていそうだが……どうかな」


 何はともあれ、文字は理解できる。

 伊織は石版に刻まれた文字を読む。


 あなたがこれを読んでいるということは、この迷宮は攻略されたのでしょう。それが正攻法によるものなのか、それとも私の思いつかないような不正な方法によるものなのかはわかりません。ですが、迷宮を攻略し、これを読んでいるあなたに私は全てを託そうと思います。

 理性を失い、本能のままに暴れまわっているであろう同胞達を退け、そして勇敢にもこの部屋に辿り着いたあなたに、まずは賞賛を。


 魔物とは、王である魔王によって統率されている存在で、彼等のことを正式に魔族と呼びます。

 魔族は人の言葉を発しませんし、人とは違う姿形をしています。

 王である魔王が存在しなければ、彼等は魔族以外の存在に対して見境なく襲い掛かる存在と成り果てます。そして魔王が討たれた今、魔族はあなた達に牙を向くだけの存在となっているでしょう。

 しかし逆を言えば、魔王さえ居れば魔族は理性を保ち襲い掛かることはないのです。


 私は人間と魔族が争う世界を望みません。

 姿は違います。言葉を発せないことから、意思疎通も難しいでしょう。

 しかし、魔族も生きているのです。無駄な争いを続ければ、人間も魔族も傷付きます。命を失う者も多く居るでしょう。私はそんな世界を望みません。


 この迷宮を攻略された、勇者よ。

 この部屋の更に奥に、隠された部屋があります。

 あなたがある剣を手にしていれば、その部屋への道が開かれることでしょう。

 そして、彼女を目覚めさせ、グレゴワール森林へと行くのです。


 あなたに興味がなければ、この言葉を無視するのも良いでしょう。

 ですが私は、ここまで辿り着いたあなたを信じてみたいと思います。。


 いつか人間と魔族が手を取り合って生活できる世界が来ることを、私は願っています


「……なんだこれ」


 石版に記されていたのは、魔族についての事と、これを遺した者の想いだった。


「魔王が討たれた今……ってことはこれが記されたのは数百年も前の戦争とやらの時、か? 同胞達ってことはこれを遺したのは魔族ってことなんだろうが……魔王が居なくなったら理性を失うんじゃないのか? さっきのヨルゴとかいう奴も言葉を話し、理解し、そして理性も持ち合わせていたが……」


 石版を読み終わった伊織。

 疑問ばかりが沸いて出てくるが、しかし今持っている伊織の知識ではその疑問に対する答えは見えてこない。


「考えても仕方ない、か。……それより、この先に更に部屋? ある剣って……この魔剣のこと、なのか?」


 恐らく、この魔剣レーヴァテインの事だろう。

 ヨルゴもこの魔剣に付いて反応を示していたし、ヨルゴの言葉を聞くに恐らくこれを遺したのはヨルゴが主と呼ぶ人物だ。

 魔剣を持っている、だから主も認めるだろうとヨルゴは言っていた。


「にしても彼女、ねぇ……。迷宮を攻略して与えられるのは力でも何でもなく女ってのはな……」


 ヨルゴが力、と言っていたから多少は期待したのだが、石版には力については記されていなかった。

 あの野郎嘘つきやがったのか、と内心でヨルゴに対する怒る伊織。


 彼女を目覚めさせ、グレゴワール森林へ行け。

 恐らく隠し部屋に居るであろう女性。その女性を目覚めさせ、次なる場所へ向かわせる。

 

 何をさせたいのかはわからない。

 だが、これで終わりではないのだ。もしグレゴワール森林とやらが迷宮であれば、それを攻略した暁には元の世界へと帰る手段を得られるかもしれない。

 石版を見た伊織には、選択肢は一つしかなかった。


「人間や魔族がどうのってのはまるで興味がないが……折角クリアしたんだ。その女ってのを目覚めさせて、グレゴワール森林とやらに行ってやろうじゃないか」


 元の世界に帰る手段こそ得られなかったが、しかし次なる道は見えた。

 伊織の口元がにやりと歪む。


「さて、隠し部屋とやらは……探す必要もないか。おい、レーヴァテイン。隠し部屋への鍵となるのはお前らしい。示せよ、隠し部屋への道を」


 ある剣を手にしていれば、道が開かれる。

 もし魔剣のことであれば、魔剣が鍵となることで隠し部屋への道が開かれるのだろう。

 伊織が魔剣に語りかけると、先程と同様に魔剣が赤く光り出す。


「さっきもそうだが……お前、まるで生きているみたいだな。っと……どうやらビンゴらしいな」


 魔剣が光ると同時に、部屋の隅の壁がまるで最初からなかったかの様に消滅し道が開く。

 やはりこの魔剣が鍵となっていたらしい。


 自分に力を与えたり、隠された道を示す鍵だったり色々と万能な剣だな、と伊織は思いながら暴かれた道を進むのであった。




 隠し道を進んだ伊織を迎えたのは、まるで誰かの私室のような、そんな部屋だった。

 勉強机に椅子、恐らく衣類を収納する為の箪笥。その上には可愛らしい熊のぬいぐるみ。

 そして天蓋付きベッド。カーテンは柱に括られていて、ベッドの中が覗ける。


 伊織の部屋も似たような部屋だった。

 といってもこの部屋と比べて、ベッドはパイプベッドで脱ぎ捨てた衣服が部屋に散乱しているような、生活感溢れる感じだった。

 しかしこの部屋には生活感が全くない。まるでモデルルームのようだ。


 伊織はベッドに目をやると、布団は膨らんでいて微かであるが規則正しく上下しているのがわかる。

 石版に記されていた彼女、とやらはそこで眠りについているのだろう。

 伊織はベッドに近付き、布団を覗き込む。


「……これが例の彼女、ね」


 布団には、一人の少女。

 長い銀髪のその少女の寝顔はあまりにも可憐で、思わず見惚れてしまう伊織。

 こんなにも可憐な少女が目の前で無防備に眠りについているのにも関わらず、見惚れるだけに治まる現役高校生の伊織の理性は中々のものである。


「起きろ。俺は王子様って玉じゃないが……お前を連れ出しに来た」


 自嘲するように言うと、少女の肩を優しく揺する伊織。

 確かに伊織の顔は同じくこの世界にやってきた進藤達に比べると劣る。

 決して不細工というわけではないが、しかし美少年と言える程整った顔立ちでもない。

 クラスに一人は居そうな、目立たない平平凡凡の地味男子。

 それが有村伊織だ。


「んっ……」


 伊織に揺すられ、身動ぎする少女。

 そして目が薄く開かれ、伊織と目が合う。


「……?」


 突然起こされたと思ったら、見知らぬ人間が居るのだから疑問に思うのは当然だ。

 その前に色々と思うことがあると思うのだが、どうやら彼女は疑問に思うだけだったらしく、不思議そうな表情を浮かべて――再び目を閉じた。


「おい、二度寝するな。いや気持ちはわかるが……起きろ」


 再び眠りに就こうと目を閉じる少女の肩を、今度は強く揺する伊織。

 彼女の気持ちは痛い程わかるのだが、かといってこのまま二度寝されても困るのだ。


 そんな伊織の気持ちが通じたのか……いや、間違いなく通じてはいないだろうが、ぼんやりと目を開き体を起こす少女。

 手で目を擦り、そして手を上に上げ伸びている少女はやはり可憐で、その容姿は姫宮や有栖川に勝るとも劣らない。


 まるで雪のように白く透き通るような肌には染みの一つも見当たらない。

 銀色の長い髪。非常に艶があり、枝毛の一つもないその髪は手触りが良さそうで、思わず触れてみたくなる魅力がある。

 どこかあどけなさの残る顔立ち。薄く開かれた目からそこには燃えるように赤い二対の瞳。

 純白のワンピースに包まれたその身体は、そのワンピースの上からでもわかる程胸部が膨らんでいて、現役男子高校生の伊織には非常に毒だ。


「それで、あなたはだぁれ?」


 透明感のある、心地の良い声が伊織の耳に届く。

 その声のあまりの心地良さに一瞬ぼーっとする伊織だったが、すぐにはっとし少女の疑問に答える。


「俺は伊織だ。この迷宮の攻略者……ってとこだな」


「イオリ……珍しい名前だね。私はルシアだよ!」


 ルシアと名乗った少女は、あどけない笑みを浮かべる。

 仏頂面だった伊織も、その笑みを見て思わず口元を緩める。


「それで……イオリはこの迷宮を攻略したんだよね? ってことは……私を外に連れてってくれるんだよね?」


「そのつもりだったが……ルシアは何者だ? 何故こんな所に居たんだ?」


 危険な魔物がうじゃうじゃといるこの迷宮の最深部に、まるで匿われるようにして存在するルシア。

 彼女は一体何者なのか。反応を見る限り石版の内容を知っているようだが果たして。


「んー……わかんない。気が付いたらここに居た。自分の名前と、迷宮を攻略した人が私を外に連れてってくれるってことはなんでか分かってたんだけど、それ以外は何にも……。気が付いてすぐに眠くなって、イオリに起こされたから……ずっと眠ってたみたい」


 ルシアの様子は嘘を付いている様子ではないが、腑に落ちない点がいくつもあった。

 気が付いたらここに居た? ここで生まれたってことなのか?

 自分の名前と攻略者によって連れ出されることだけ分かってた? それ以外は何も分からないのか?

 気が付いてからすぐに眠くなって、俺に起こされた? いつ気が付いたのかは知らないが、それまでずっと眠っていたのか?

 それまでの食事は? ずっと眠っていたにしては少女の体は細くはあるが、それは食事が摂れず細くなったようには見えない。


「そうか……分からない事が多いが、それも迷宮を攻略していけば解き明かされていくに違いない。俺はお前を外に連れて行くが、お前はどうだ? 外に出たいか?」


 頭の中が疑問で満ち溢れるが、しかし迷宮を攻略すれば解き明かされるだろう。

 何れ判明する事に対して、急いで答えを得ようとする必要はない。


「うん。イオリと一緒に、外の世界を見てみたい!」


 伊織の言葉に笑顔で頷くルシア。

 もし嫌がるようだったら伊織はルシアを連れて行くつもりはなかった。

 今でこそ口調が変わってしまい、性格もおどおどとしていたのが堂々とした性格になっている。しかし、元々の伊織の性格は他人に無理を強いれるような性格ではない。

 その名残なのだろう。


 ルシアの言葉を受け、手を差し出す伊織。

 差し出された手をルシアは不思議そうな目で見ている。

 恐らくは意味がわかっていないのだろう。


「握手だ。握手をする意味は色々あるが……要は挨拶みたいなもんだな。これからよろしくーってな」


「あくしゅ? どうすればいいの?」


「簡単だ。差し出された手を握り返せばいい」


 伊織の言葉を聞き、差し出された手を握り返すルシア。

 すべすべとしていて柔らかいその手は、いつまでも握っていたいと思わせる程の心地良い手触りだった。


「これからよろしく、ルシア」


「うん! よろしく、イオリ!」


 こうして、少年と少女は出会った。

 絶望に満ち溢れた少年の世界に、一筋の希望の光が差した瞬間。

 そして物語は、動き出す。

メインヒロイン登場。やっと出せました……

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