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第七話

 突然手にした剣が光り、思わず目を閉じた伊織。

 そんな伊織の脳内には、何かが無理矢理理解させられていくような、そんな感覚があった。


 剣が発光したのも一瞬で、光はすぐに治まる。

 遂にジャイアントゴーレムが部屋に足を踏み入れる。

 そんなジャイアントゴーレムを見て、伊織は嫌らしい笑みを浮かべる。


「なんだろうな……よくわからない……よくわからないけど、不思議とお前が怖くないんだよ。さっきまで怖くて怖くてどうしようもなかったのにさ……この剣を手にした瞬間、力が溢れるようなそんな感覚があってさ……お前の事も、怖くなくなったんだよ」


 ジャイアントゴーレムに話しかける伊織だが、当然人の言葉を理解できない魔物に対しては無意味だ。


「まぁ……お前に言ってもわかんないよな。まぁ取りあえずさ……」


 腕を下ろし、剣を構える伊織。

 その姿はいつかの進藤と同じように非常に様になっていた。


「お前の力、寄越せよ」


 ジャイアントゴーレムに向かって走り出す伊織。

 先程まで感じていた痛みは感じない。

 伊織の中にあるのはただただ、目の前の魔物を蹂躙し力を奪う事。


 腕を上げ、そのまま剣を振りかぶる伊織。

 ジャイアントゴーレムは受け止めるべく両腕をクロスさせる。


 ジャイアントゴーレムに武器や魔法は効かない。冒険者にとっての常識である。

 しかし、伊織が放った袈裟切りは弾かれることなく、ジャイアントゴーレムの腕を切り裂いていた。


「脆いな……まぁ所詮岩ならこんなもんか」


 両腕を切り裂かれたジャイアントゴーレムは、しかし怯むことなく伊織を蹴り飛ばそうと足を出す。

 しかし伊織が剣を一振りすると、ジャイアントゴーレムの両足があっさりと切断される。

 足がなくなり、そのまま地面に崩れるようにして倒れるジャイアントゴーレムの姿は何とも無様だ。


「さて……岩でできたお前はどうやったら死ぬんだろうな……」


 どういう原理でジャイアントゴーレムが動いているのかはわからない。

 切っても血の一つも流れない。何らかの魔力によって岩が集まり動いているのだろうか。


「ま、なんでもいいや……微塵切りにでもすれば、流石に死ぬだろ?」


 そう言うと、何ともやる気のない感じで適当に剣を振う伊織。

 剣が振るわれる度にジャイアントゴーレムの体は切り裂かれていき、人間のちょうど心臓に当たる部分を切り裂かれると、ジャイアントゴーレムの体を形成していた岩が弾け飛ぶ。

 弾丸のような速度で吹き飛ぶ岩を体を反らすことで難なく回避する伊織。

 何とも驚異的な反射神経を見せた伊織である。


「死ぬ時は相手も道連れってか? 往生際が悪いんだな」


 ジャイアントゴーレムの頭を形成していた部分の岩を踏みつける伊織。

 先程まで自分を殺そうと襲って来ていた魔物は、今ではただの岩である。

 一先ずの脅威が去ったことに安堵する伊織だが、同時に自分の力に付いて考えを馳せる。


「進藤達の言う理解するって感覚がわからなかったが……頭の中に何かを埋め込まれるような気持ちの悪い感覚だった。だが、そのお陰でコイツの事も理解できた。魔剣ねぇ……俺にとっては窮地を救ってくれた希望の剣みたいなもんだが……それを言っちゃお前に悪いか」


 そっと手にした剣に口付ける伊織。

 最初に見た時は錆び付いていたはずのその剣だが、今では黒光りする何とも切れ味の良さそうな姿へと変貌している。

 所々に赤い線が入っていて、どこか不気味だ。。


 伊織はこの剣のことを手にした瞬間理解した。いや、理解させられた。

 と言っても、得た情報は少ない。

 名を魔剣レーヴァテイン。かつて魔王が愛用したという剣。

 斬った相手の力を吸収し、所有者に与える。

 伊織が突然驚異的な力に目覚めたのは、以前の所有者である魔王の得た力がそのまま伊織に宿ったようだ。


 ある程度の剣の情報しか理解できなかった伊織だが、この魔剣は冒険者達の間では有名な代物である。

 というのも、何故か伊織が発見した時は錆び付いていたが、この剣は迷宮の至る所で現在伊織が持っている見た目の状態で発見されている。

 そして、魔剣に魅入られ近付くと容赦のないトラップや夥しい数の魔物が出現し、冒険者達は魔剣を前に泣く泣く撤退しているのだ。


 それを知らない伊織は、こんな所に良い物が落ちててラッキーだとどこか嬉しそうである。

 

「さて……これからどうするか。力を得たからって戦争に加担しようとは思えないが、かといって城に戻るつもりも……ん?」


 ふと伊織は気が付く。

 それは、自分の口調の変化だった。


 元々の伊織の口調は、どこか気弱そうな印象を受ける口調だったが、今では自然と、なんの違和感もなくこの口調が馴染んでいる。

 これも魔剣の効果か? と考えた伊織だが、口調の変化なんてどうでもいいか、と次の瞬間考えるのをやめた。




「さて、十三階はどんな所かなっと……」


 これからどうするかを考えていた伊織だが、やはり城に戻る気は起きなかった為そのまま迷宮を攻略しようと十三階へと降り立っていた。

 先程までの十二階までは何らかの力によって光が灯っていた遺跡だが、十三階は先程までの明るさが嘘のように暗い。

 何か明かりがなければとてもじゃないが前が見えないだろう。


「これも魔剣の力なのかね。明かりがないのに鮮明に前が映る」


 人間の目ではとてもじゃないが前が見えないようなこの場所だが、何故か伊織は前が見えていた。

 もはや視力が良くなったとかそういう次元の話ではない。


「ま、前の持ち主の魔王様って奴の力か。お陰で問題なく勧めそうだし、魔王に感謝だな」


 十三階層を歩いていると、緑色の肌をした人型の巨体が背中を向けて歩いている。

 パっと見はゴブリンのようだが、しかしその図体の大きさが違う。


「ゴフゥ」


 伊織の足音に気が付いたのか、巨体が振り向く。

 その巨体の顔は、まるで猪のようだった。というか、猪そのものだ。

 

 冒険者達の間ではオークと呼ばれるその魔物は、似たような種族のゴブリンとは比べ物にもならない程強大な力を持っている。

 その巨体からは考えられないスピードに、手に持つ棍棒から繰り出される一撃の破壊力は抜群。

 それだけならまだしも、初級程度の魔法を扱うことができる。

 総じて強力な魔物であり、十三階以降の階層にはオークがこれでもかと棲息している。


「なんだお前、ゴブリンの親戚か何かか?」


 顔や図体が違うものの、やはり人型で緑色の肌と言う所から何らかの関わりを疑ってしまう。

 思わず話しかけた伊織だが、やはり魔物に言葉は通じない。


 棍棒を前に構え、戦闘態勢を取るオーク。

 そして動き出そうとした所で、オークの体は二つに分かれた。


「よっわ。やっぱりゴブリンの親戚か何かだったらしいな」


 オークが動き出すよりも早く伊織が動き、オークを切り裂いたのだ。

 上半身と下半身が分かれ、緑色の血を吹き出すオークによって辺りはたちまち血腥い匂いに包まれる。


「お前は斬った相手の力を俺に寄越すらしいが……本当に寄越してるのか? 全然実感がないぞ?」


 オークを斬っても自分が強くなった実感がなく、思わず魔剣に語りかける伊織。

 斬った相手の力を吸収する。理解させられた事だから偽りはないのだろうが、やはり実感が沸かないのでどうしても疑ってしまう。


「ゴフゥ!?」


「ゴッフォ!」


 血の匂いを嗅ぎ付けたのか、複数体のオークがやってくる。

 普通の冒険者からしたら絶望的な状況であるが、魔剣によって力を得た伊織にとっては雑魚が数匹集まった程度である。


 結局の所オークは巨体にしては早い、というだけだ。

 それを上回る速度で動き、剣一振りでオークを葬る伊織の前では敵ではない。


「全く……魔物ってのはどうしてこうも死に急ぐのかねぇ。命あっての物種だろうが」


 立ち向かってくるオークに対して哀れみすら感じる伊織。

 しかし相手は命を狙ってくるのだ。哀れみを感じても逃がさない。

 剣一振りでオーク達を屍にした伊織は、迷宮を攻略すべく再び歩き出した。




「助けに行けない!? どういうことですか!」


 伊織が迷宮の攻略を始めた頃、無事に城へと帰還することのできた進藤達は早速リヒターに伊織の救助の話をしていた。

 何かと伊織を気にかけていたリヒターだ。断るはずがないと踏んでいた進藤達にとって、リヒターの答えは予想を裏切る物だった。


「ジャイアントゴーレムが出たとなっちゃ、騎士団を出動させるわけにはいかない。……兵を無駄死にさせるだけだ。イオリの事は惜しいが、それでもタクマが犠牲にならなくて良かったと私は思う。用件はそれだけならば、今日は予定は迷宮の探索だけだ。後は自由にしてくれ」


 これ以上進藤達を相手にするつもりはないのだろう、リヒターは進藤達に下がるように命じる。

 進藤はなおもリヒターに喰いかかろうとしていたが、それを止める田辺と小野。

 もっと言ってやらないと気が済まない進藤だったが、二人に力ずくで引きずられ部屋の外へと出た。


「拓真、浩平! どうして止めたんだ!」


「リヒターさんも言ってただろ! 無駄死にするだけだって。有村は……有村はもう死んだんだよ!」


「だが……! だが俺達は彼のお陰で助かったんだぞ! 今も俺達が助けに来るのを待っているかもしれないじゃないか!」


「勇希……現実を見ようぜ。有村と別れてから、もう時間が経つ。俺達ならともかく、一般人の有村がまだ生きてるなんて俺には思えない」


 田辺と小野に八つ当たりのように喰ってかかる進藤だったが、小野の言葉に黙ってしまう。

 確かにそうだ。自分達は勇者として召喚され、力がある。だが、伊織はというとそうではない。

 彼は田辺に巻き込まれる形でこの世界に召喚され、自分達とは違って力を持たない一般人だ。

 田辺と姫宮の攻撃でびくともしなかったあのゴーレムを伊織が倒せるとは思えないし、十三階層へと逃げても伊織ではすぐにやられてしまう。


 わかっている。わかっているのだ。

 それでも認めたくなかった。自分が人を見捨てて、見捨てられたその人物が死んだという事実が。

 間接的に人を殺したも同然。自分は、殺人者だ。

 そんな考えが進藤の頭の中を埋め尽くす。


「彼は……死んだんだろう、な……」


 先程までの威勢は消え去り、今にも消えてしまいそうな声で呟くように言う進藤。

 そんな進藤の様子を見て、慰めるように肩を抱く田辺と小野。


「あぁ……たぶんな」


「俺達にできることは、この世界を守ることだ。有村の命を無駄にしない為にも頑張ろうぜ、勇希」


「あぁ……」


 クラスメイトの死。

 それは確かに彼等に衝撃を与え、また同時に動揺を与えた。




「さて、探索を初めて結構経つが……ここがゴール、か?」


 現在、伊織は地下二十階までの探索を完了し、巨大な扉の前に立っていた。

 相も変わらず壁や天井は亀裂が生じ今にも崩れ落ちそうなこの迷宮だが、この扉はまるで先日造られたのでは? と思わせる程傷一つない。

 既にこの二十階をくまなく探索していた伊織は、地下へと続く階段がないことを確認していた為、ここがこの迷宮の最深部であると予測していた。


「行くか……」


 扉に手を振れる伊織。

 すると扉はまるで意思でも持っているかのように、独りでに開く。


「なんか如何にもって感じだな。……さて、何が出るか」


 扉の先に何が待ち受けているのか。

 宝か、或いは魔物か。

 元の世界に帰るという目標があるが、具体的な方法は見えていない。

 手掛かりになるような物でもあれば万々歳だが、期待はできないだろう。


 扉の先は大広間だった。

 これでもか、という程まで広いその広間には視界を遮る遮蔽物は一切無く、反対側には同じような扉があるのみ。


「あの先に進めばいいんだろうが……何かしら出てくるんだろ?」


 扉に手をかけた瞬間発動するトラップか、或いは魔物が出てくるのだろう。

 扉を開けた先に広がる広間、そこにはただ奥へと続く扉があるのみ。

 あまりにも不自然過ぎる。


「……案の定か」


 ちょうど広間の真ん中まで歩を進めた時だった。

 扉の前に突如として発生する黒い靄。

 上層と同じように明るいこの広間では、黒い靄というのは存外目立つ。


「よくぞここまで辿り着いた」


 黒い靄から現れたのは、人だった。

 いや、正確に言えば人型の魔物だ。


 額から生えている一本の長い角。

 そして血のように真っ赤な肌。


 この世界に亜人という種族が居るのであれば亜人でも説明が付くが、伊織の持つこの世界の知識は少ない。

 場所は迷宮、これまでに幾度となく戦ってきたのは魔物である。

 ならば、最深部に現れたこの人型も魔物と考えるのが自然だろう。

 ただ一つ、腑に落ちない点があるが。


「魔物……か? いや、魔物は喋れないって話だが……」


「魔物、か。今では人間達の間で我々はそう呼ばれているのだな」


 人型の魔物は、伊織の言葉を否定するわけでもなく、寧ろ肯定するかのような物言いだ。

 喋る魔物の存在は知られておらず、もし目の前の人型が魔物であるならば文字通り世紀の大発見だろう。


「私はヨルゴ。君たち人間で言う魔物だ。もっとも、正式に言えば我々は魔物ではなく魔族なのだがな」


「魔族、ねぇ……」


「なに、呼び方など些細なこと。だが、一応は訂正しておこうと思っただけだ。これからも魔物と呼んでくれて構わんが、せめて私の事は名前で呼んでいただきたい」


「そうか。じゃあヨルゴと呼ぶにしよう」


 言葉を喋るだけではなく、知性を持ち合わせている。

 ヨルゴと名乗った彼は、友好的……であるかどうかはまだわからないが、少なくとも彼からは敵意は感じない。


「さて、君には色々聞きたいこともあるだろう。しかし、まずは私の用から先に済まさせて頂こう」


「用、ねぇ……迷宮の深部でも用事なんて、ロクでもなさそうだし俺がそれに付き合う義理があるのかもわからんが」


「私も気は進まないのだがね。ここまで辿り着いたのは君が初めて、そして何よりその手に持つ剣。君であれば我らが主も認めるだろう。だが、かといって何もしなければ私は職務怠慢としてお叱りを受けそうでな。是非ともそれは勘弁願いたい」


「あんたが怒られた所で俺には関係ないんだが……」


 ヨルゴは伊織の持つ魔剣についてまるで知っているかの口ぶりだ。

 そしてこの剣を持っていることで、ヨルゴの言う主が認める。


 かつて魔王が愛用していた剣、それが魔剣だ。

 この魔剣を知っているということは、少なくとも魔王と関わりのある人物である可能性が高い。

 もしかしたら、元の世界に戻る手がかりを掴めるかもしれない。

 伊織の胸に少しだけ希望の光が差す。


「そう言うな。別に難しいことをするわけではない。私と一騎打ちをして実力を示してもらう、それだけのことだ」


 突如ヨルゴの右手が光ったと思うと、次の瞬間には彼の手には棘の付いた金棒が握られている。

 人の背丈程もありそうな程長く、しかし細いの金棒。

 それをまるで重さなど感じないかのように軽々と振り回している。


「ふむ……久しぶりに握ったが、やはり手に馴染む。さぁ、構えたまえ。なに、ここに来た時点で既に選択肢は二つしかないのだ。私に勝利し先へ進むか……私に敗北しその命を散らすか」


「なるほど、入った時点でやるしかなかったわけだ」


 伊織の背後から扉の閉まるような音。

 振り返ると案の定扉は閉ざされている。独りでに開いた扉だ。独りでに閉まるということは十分に予測できた。


「悪いが死ぬつもりはないんでね。あんたには悪いが、死んでもらう」


「その気になったか。では……見せてもらおうか、魔剣を持つ者よ。君の実力を」


 伊織とヨルゴ。

 二人の戦いの火蓋は、切って落とされた。

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