第三話
序盤の戦闘は割とあっさり目です。
リヒターに連れられ、訓練用の施設へと着いた伊織達を迎えたのは、三名の騎士だった。
よく見れば二人は最初に出会った数名の騎士の中の二人であるという事がわかったが、一人は見覚えのない顔だった。
二十代位の端正な顔立ちの茶髪の青年だ。
この国の礼だろうか、右手を胸に当て、頭を下げている。
「こいつがうちで一番の実力者のヨハンだ。ヨハンを相手に、君たちの力を見せてもらう」
「ヨハン・イェーガーです。未熟ながら全力でお相手させていただきます」
ヨハン、と呼ばれたのは見覚えのない顔の青年だった。
一番の実力者、と言う言葉が本当ならば、この若さでそれだけの強さを身に付けた彼は相当優秀なのだろう。
「それでだが……まず最初に戦うのはユウキで良いのか?」
「はい」
誰が戦うのか、話し合ったわけではないが話の流れからして進藤が戦うのは決まっていたようなものだった。
「過去の文献によれば、勇者は自らに適した武器を手に取った瞬間使い方を理解したという。一通りの武器を持ってこさせたから、手に取ってみるといい」
ヨハン達騎士の背後には、剣や斧、弓や杖などといった武器が並べられている。
リヒターに勧められ、取りあえず武器を手に取った進藤。
「これは……わかるぞ、剣の使い方が……」
進藤が手にした武器は剣だった。
リヒターの言葉通り手にした瞬間使い方を理解したのだろう。軽く剣を振っている進藤の姿は素人目で見ても非常に様になっている。
「どうやらユウキは剣に適性があったようだな。ヨハンも剣の使い手だ。同じ武器同士であれば実力で勝負が決まるだろう」
どうやらヨハンも剣の使い手のようだ。
そんなヨハンは剣を振る進藤の姿を見て、感嘆の声を漏らしている。
「さて、武器の適性もわかったなら早速始めてもらおうか。ヨハンには全力を出してもらう。ユウキも全力で挑むことだ」
「わかっています」
進藤とヨハンが対峙し、伊織達は彼等から離れた所で二人の戦いを観戦する。
いよいよ始まる戦闘に、田辺と小野は興奮を隠しきれない様子で、進藤にエールを送っている。
「リヒター様に全力で、と言われているからね。悪いけど、手加減はしないよ」
「お願いします。手加減をされて勝っても、俺達の実力がわからないですから」
お互い言葉を交わし、剣を構える。
やはり進藤の構えは様になっていて、とてもじゃないが先程初めて剣を握ったとは思えない。
「よし。それじゃあ始めろ!」
リヒターによる合図で、戦闘が開始される。
まず始めに動いたのは進藤だ。距離を詰める進藤の速度は人間が出せるであろう速度を軽く凌駕しているように思える。
一気に距離を詰めた進藤は、腕を上げそのまま剣を振り下ろす。
剣と剣がぶつかり合い、金属音が響く。
進藤の攻撃を剣で受け止めたヨハンの表情は険しい。そのまま鍔迫り合いになるが、進藤が押し切りヨハンが飛び退る。
「うおおおおおお!」
まるで雄叫びのような掛け声を上げながらヨハンに追撃すべく距離を詰める進藤。
距離を詰めると、そのまま腕を突き出す。走る勢いを利用して繰り出された突きの威力は凄まじそうだが、ヨハンはそれを横に飛び込み回避する。
しかし進藤はまるでそれを予測していたかのように突き出していた剣を横に薙ぐ。態勢を崩していたヨハンは回避することが出来ず、進藤の剣はヨハンの脇腹に直撃する。
余程の力が込められていたのであろう。進藤の薙ぎ払いを受けたヨハンは勢いよく吹き飛ばされる。
鎧を纏っていた為致命傷とはなっていないのだろうが、吹き飛ばされる程の衝撃が体を襲ったのだ。ダメージは大きいはずである。
剣を支えに立ち上がろうとするヨハンだが、進藤がそれを許さない。
最初と同じ速度で一気にヨハンに詰め寄ると、剣を首に突き付けた。
「……降参だよ。参ったな、初めて剣を握った人に負けるなんて。これが勇者の力、なのか」
剣から手を離し、両手を上げるヨハン。日本でも知られている降伏の意だ。
相手に一切の攻撃を許さず、一方的に勝利を収めた進藤。
これが召喚された人間が持つ力なのだろうか。
戦闘中のヨハンの顔をずっと見ていた伊織は、ヨハンの必死な表情を見て彼が手を抜いていないことを察していた。
事実手を抜いていなかったのだろう、ヨハンは悔しそうな顔をしている。
「ははは。こりゃすごい。まさかヨハンが圧倒されるなんてな」
手を叩きながら二人に近寄るリヒター。
伊織達もまた、二人の元に駆け寄っていく。
「すげぇよ勇希! ほんと、素人には見えなかったぜ!」
「拓真の言う通りだ! 凄かったぜ、勇希!」
「勇希くん、凄かったよ!」
田辺、小野、姫宮の三人は惜しみない賞賛を進藤に送っている。
有栖川と言えば、この世界に来て得た力を見せつけられて困惑したような表情を浮かべている。
「ありがとう。……雅、力は示したよ。これで反対する理由もなくなったよな?」
「えぇ、そうね……。あれだけの物を見せつけられたら、反対することはできない、わね」
気が乗らないようではあるが、有栖側も反対することができなくなった為、伊織を除く全員が進藤に同意するという形になる。
後は伊織だけなのだが、伊織はどうやら頭数に入っていないようで……。
「リヒターさん、これで全員の同意を得ました。俺達はこの世界を守るために、力を貸します!」
進藤の言葉に、え、僕は? と困惑の表情を見せる伊織。
確かにここに来てから空気のように居るだけでまともに口を開いていない伊織だ。まさか存在を忘れられているのだろうか。
「そうか……ありがとう、勇者達よ。この世界の平和は、君たちにかかっていると言っても過言じゃない」
握手を交わすリヒターと進藤。
それを見た伊織は一言。
「あの……僕の意見は?」
存在を忘れられているのか、伊織の意見は聞かなくても良いと思われているのか。
やはり彼の意見を求められることはなかった。