第一話
どうしても序盤の展開はぐだぐだとしてしまいがち。
「ん……ここは……?」
伊織が目を開くと、視界に入ったのは石でできた天井だった。
さっきまで教室に立っていたはずなのに、どうして自分は仰向けになっているのか、何故天井が石でできているのか疑問に思いながらも体を起こすと、周りにはクラスメイトである姫宮、有栖川、進藤、田辺、小野の五人が伊織と同じように仰向けで倒れていた。
女子二人はスカートがまくられていて、下着が丸見えになってしまっている。
伊織はクラスメイト、それも非の付け所がない美少女である二人の下着に顔を赤らめながらも、起こさないようにそっとスカートを直してあげると、状況を確認しようと周囲を見渡す。
石でできた部屋は、壁に取り付けられた燭台で燃える蝋燭によって疎らに灯されていて薄暗い。
部屋には出入り口が一つしかなく、その扉は閉ざされている。
どうやら部屋には伊織達しかいないようで、伊織達をここに連れてきたであろう人物の姿は見えない。
「ここは……?」
「うーん……」
どうやら他の五人も目が覚めたようで、進藤が起き上がると他の四人も次々と体を起こす。
寝起きだからか一瞬ぼーっとしていた彼等だが、すぐに状況を理解したようで慌てた様子で周囲を見渡している。
「ど、どういうことだよ! 俺達、教室に居たはずだよな!?」
「あ、あぁ。教室に居たはずだ。なのにここはどこなんだ? 石造りの部屋に明かりが蝋燭の火って……日本じゃこんな家殆どないぞ!?」
「わ、私達拉致されちゃったのかな……」
田辺と小野は教室に居たはずの自分達が日本でも見ないような異様な部屋に驚愕の声を上げており、姫宮は拉致の線を疑っているようだ。確かに教室に居たと思ったらこんな場所に連れてこられているのだから拉致の線を疑うのが自然だろう。
「みんな、落ち着いて。ここがどこなのかはわからないが、あそこに扉がある。鍵が付いているから、恐らくこちら側から鍵をかけるタイプの扉だ。拉致だった場合普通は逆だし、出て見つかっても生かしてここに連れてきたんだから殺されることはないと思う」
姫宮の拉致、という言葉を聞いて更にパニックに陥る田辺と小野だったが、目覚めてから口を開いていなかった進藤の一言で二人とも落ち着きを取り戻したようで、進藤の言葉に頷いている。
いつもの調子に戻った田辺と小野は、拉致した癖に脱走が容易な部屋に閉じ込めるなんて馬鹿じゃないのか、と犯人を馬鹿にしている。
「冷静なのね、有村くんは」
彼等が目覚めてから口を開いてなかった伊織に声をかける人物が居た。
有栖川雅だ。目覚めてから何かを考えるような素振りで口を閉じていた彼女は、田辺達と違いこの状況でも驚愕の声一つ上げず、じっとしている伊織に声をかけたのだった。
冷静なのはあなたも一緒でしょう、と思ったがそれを口に出すことはしない。
「まさか……僕も内心では彼等と一緒ですよ」
「その割には表情に出ないのね。ポーカーフェイスってやつかしら」
昔からずっと苛められていて、表情に出すと更にエスカレートするから表情に出なくなっただけです、とは言えない伊織は、彼女の言葉にみたいなものですねと頷く。
「まぁ、いいわ。それより状況の確認をしたいのだけれど、良いかしら?」
「何故僕に? 進藤くんも冷静に見えるし、彼の一言で田辺くんも小野くんも落ち着いたように見えるんですけど」
進藤は目が覚めてパニックに陥っている彼等を前に冷静に状況を観察して彼等を落ち着かせたし、田辺と小野は落ち着きを取り戻し今では犯人がいかに無能なのかを語っている。姫宮も不安な表情を見せていたものの、進藤の一言で安心したのか田辺と小野二人の話に笑っている。
だからこそ伊織は、有栖川が自分に声をかけてきた理由が思いつかなかった。
「私達よりも早く目が覚めていたようだし、ずっと黙っているから何かを考えているのかと思ったのよ。それにこんな状況で一人っていうのも……不安でしょう?」
有栖川の言う通り一番最初に目が覚めた伊織だが、しかしそのすぐ後に彼等が目を覚ましたので実際に目が覚めるまでの時間は大差がない。
恐らく、最後の一言が本音なのだろう。キツいと言われる彼女だが、この状況で人を気遣えるだけの優しさを持っている。
見た目だけではなく、こういう所も彼女の人気の一つなのだろう。
正直に言えば伊織は不安だった。
朝、唯一の家族である父の顔も見れず、学校に着いたと思ったら田辺と小野に絡まれ。
そして仲裁が入ったと思ったら、その一人は彼等の言葉を鵜呑みにし伊織に非があると言ってきて。
そんな状況で彼等と共にこんな場所に連れてこられたのだ。
拉致されたから不安というのもあるが、それ以上に一緒に居るのがこの五人という所が更に伊織の不安を煽っていた。
「確かに、不安だった。ありがとう、有栖川さん。優しいんだね」
取り敢えず彼女の言葉に同意しておき、感謝の言葉を述べる伊織。
彼女の気遣いに対する感謝が半分と、言っておかないと後で気遣ってやったのに感謝の言葉一つ述べないなんて難癖を付けられない為という気持ちが半分だ。
「優しくはないわよ。あなたのクラスでの扱いを知ってても何もできないんだもの。……一応確認しておくけれど教室での一件、田辺くん達の言い分は嘘よね?」
確かに今日のように彼女も度々仲裁に入ってくれるが、寧ろクラス一丸となった虐めを受けている伊織を庇えというのも難しい話だろう。
彼女の言葉を聞くに、田辺と小野の伊織が悪いという言い分は嘘だと思っているようだ。しかし進藤はそれを信じていて、姫宮も疑ってはいるが嘘だとは言い切れない様子である。
流石にクラス全体、それも中心人物である進藤と姫宮まで彼等の言い分を聞くのだから、反発しても意味がないことを理解しているのだろう。
「平気だよ、もう慣れたし……。信じてもらえるかはわからないけど、僕は何もしてないよ」
小学校や中学校でも苛められていた伊織だが、クラス一丸となった苛めを受けたのは高校が初めてだ。
小、中では友達と呼べるかは怪しいが、少なくとも伊織を心配してくれるクラスメイトは居た。
しかしながらやはり苛めっ子に立ち向かうのは勇気が要るもので、心配してくれるクラスメイトにその勇気はなかった。
伊織は苛めの主犯格に立ち向かうような人間が現れない事も理解しているし、心配はするのに立ち向かわない人のことを悪く言うつもりもない。
事実苛められるのには慣れているし、周囲の反応もそういうものなのだと思っている。
「慣れちゃいけないものだと思うのだけれど……ごめんなさい。流石にクラス全員が関わっているとなるとね……言うのは構わないのだけれど、それで治まるとは思えなくて。……やっぱり彼等は嘘を付いていたのね。どうしてそんな嘘を言うのか問い詰め……」
有栖川の言葉を遮るようにして、突如扉の開く音が部屋に響く。
音が鳴り響く方向……扉へと視線を向けると、建て付けが悪いようでゆっくりとだが外から開かれている。
「お、遂に馬鹿な奴等のお出ましか」
「一体どんな顔してるんだろうな」
田辺と小野はようやく自分達を連れてきた間抜けな人の顔が見れるとどこか楽しみにしている様子である。
一方で進藤の顔は険しく、姫宮は不安な表情を浮かべている。
伊織の前に立つ有栖川の表情も険しく、睨むような目で開いていく扉を見ている。
一方で伊織はというと、あの扉開け難そうだなぁ……と扉を開けている人物に対して頑張れ! と心の中で声援を送っていた。
扉が開き、まず入ってきたのは銀色の鎧を纏った数人だった。
まるで西洋の騎士のような見た目の彼等だが、頭には何も付けておらず顔が露出している。
日本ではまずお目にかかれないような恰好の彼等。
ここは日本ではないのだろうか? という疑問が伊織に湧き上がる。
騎士のような見た目の人達が入ってきてから少しして、もう一人部屋に足を踏み入れる者が居た。
四十代くらいの男性で、頭には冠を被っている。赤いマントを身に纏っているその姿は、ゲームで出てくるような王様のようだ。
そんな彼は、部屋に入ると咳払いをし、高らかな声で伊織達に話しかけた。
「異世界の勇者達よ、このような部屋で迎えることになってしまい、まずは詫びさせてもらおう。そして、突然召喚したこともだ。突然の事態で混乱しているだろうからまずは挨拶だけさせていただく。私はリヒター・フェオラドルだ」
そう言って深々と頭を下げるリヒターと名乗る男性。
その様子を見て騎士達が慌てた様子で軽々しく頭を下げるのはおやめください、と言っていることから高位な立場にある人物なのだとわかる。
異世界、召喚。リヒターの言葉に理解が追い付かず口を開かない伊織達だが、リヒターは気にした様子もなく続ける。
「突然の事態で混乱しているのも無理はないだろう。聞きたいことが山ほどあるのもわかるのだが、まずは場所を変えようではないか。この城に召喚されることはわかっていたのだが、どの部屋に召喚されるのかまでは定かではなくてな。迎えるべく用意していた部屋がある。そこで茶でも飲みながら落ち着いて話そうではないか」
そう言って背を向け歩き出すリヒター。
理解が追い付いてない伊織達だったが、騎士達に促されリヒターの後を追うのだった。