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第十四話

 ルシアの魔法により機先を制したかのように見えた戦いだが、しかしすぐに冒険者達が押され始める。

 ルシア達後衛の魔法により着実に数は減っているはずなのだが、まるで倒されてすぐに補充されているのでは? と思ってしまうほどに数の減りが感じられない。

 並みの冒険者が五人集まってやっと倒せるようなオークが、倒しても倒してもまだこれでもかという程居るのだ。

 元々集まった冒険者の数は百に満たない。一対二以上を強いられるような戦いで、相手がオークでは冒険者が押されるのは自明の理だった。


「ッチィ! 数が多すぎる!」


 伊織は他の冒険者とは違い、オークの集団の真っ只中で剣を振っていた。

 剣を一振りする毎に絶命していくオークだが、しかしその数は減っているように感じられない。

 

 文字通り周り全てが敵という状況で、剣を振い続ける伊織。

 強力の力を手にしたとして、その他は全て一般人と変わりない。集中力が切れ始め、次第に傷が増えていく。


「イオリさん!」


 そんな状況の中、増援がやってくる。

 エリス達信号機トリオの三人だ。


 伊織の前に立ったエドガルドは、巨大な大盾と槍を構えオークを見据える。

 その横に両手に剣を持ったエリスが立ち、彼等を援護するべく一方後ろに立ったエドが杖を構え術式を構築している。


「あれだけの数に囲まれてその程度の傷なんて……本当に強いんだね、イオリくんは」


「……ここに来たのはお前達だけか?」


 敵陣の真っ只中で一人戦う伊織。

 彼を援護しに来たのは信号機トリオだけらしく、背後では冒険者とオークの戦いが繰り広げられている。


「あぁ。正直数でも質でも向こうの方が上だ。一方的になってないのはお前やお前の連れが居るお陰だが……」


 ウィルの言葉通り、数も質もオークの方が上な現状。

 伊織やルシアの人並み外れた力により未だ街への侵攻は許してはいないが、しかし時間の問題だ。

 次々と倒れていき、数が減っていく冒険者。

 対して、オークは倒れても倒れても減らない程の膨大な数。


「……嘆いても仕方ない。俺達に出来ることは戦う事だけだ。……これだけの数のオークが皆一様に同じ目的を持って行動している。こいつらを操る指揮官的存在が居る可能性がある。居るとすれば恐らくは最も安全な後衛に居るだろう。勝機があるとすれば、そいつを叩く他ない」


「……なるほど。しかしどうやって後衛まで行くんだい? 僕達だけじゃこれだけの数を突破するのは……」


 現在では理性を持たない獣と化している魔物だが、しかし統率の取れている動きを見せている。

 オークを操る存在が居るだろうという伊織の考えは、確かに信号機トリオも納得ができる。

 しかし、納得はできても実際にその親玉を叩くことが出来るかと言えば別だ。

 未だ数の減りが見えないオークの集団を突破し、後衛まで辿り着くのは難しいだろう。


「何を躊躇している! 戦わなければ命を落とすのは自分だぞ!」


 どうすればいい、どうすれば勝てる?

 頭の中で必死に考えていた伊織に、突如背後からかけられた声。

 

「ライトニングブラスト!」


 その声の人物は伊織達の前に躍り出ると、左手を突き出し魔法を発動させた。

 雷属性でも上位に位置するその魔法は、突き出された手から雷を放射し次々とオークの身を感電させ焦がしていく。


「あ、あなたは……」


「アウル、さん……!?」


 突如戦場に現れた人物。

 炎のような赤い長髪を靡かせ、髪と同じく赤いマントを同じように風で靡かせている。


「南は此方より手薄ではあったがそれでも状況は最悪だった。しかし、ベクラールから噂の勇者が向かって来ている。彼等が来るまでの時間稼ぎなら残った者達でも何とかなるだろう。……それより此方の状況はどうなっている?」


 アウルと呼ばれたその人物の言葉に、エドガルドが現在の状況を伝える。

 倒しても倒しても数が減らない。指揮官のような存在が居る可能性があるが、しかし恐らく居るであろう後衛まで辿り着くことができないこと。


 それを聞いたアウルは顎に手を当て、何かを考えるような素振りを見せる。

 考えが纏まったのか、やがて口に出したその言葉は信号機トリオにとって無謀のように思える作戦だった。


「私か、或いは腕の立つ者で進行ルートを切り開こう。他の四人で後衛の指揮官を叩く。単純な作戦だが、しかしこれしか道はないだろう」


「そんな……無茶です! これだけの数が相手では……。それに、何も一人でやらなくても!」


「無謀だと笑うかね? しかし、このまま行けば徐々に押され最後にはメルトレスへの進行を許すだけだ。全員で道を切り開いても、疲弊した我々で後衛部隊相手に満足にやり合えるかは分からない。万全を期す為にも温存する必要がある」


「それは……しかし!」


「覚悟を決めろ、エドガルド。……道は俺が開こう」


 アウルの作戦にやはり無謀だと抗議を声を上げるエドガルド。

 確かに、この状況を打破するには無茶でも無謀でもやるしかない。伊織はアウルの考えに共感し、その策に乗る胸を告げる。


「そんな……無茶だ! さっきはその程度の怪我で済んだみたいだけど、次はそうじゃないかもしれないんだよ!?」


「無理も無茶も承知だ。だがそれでもやらないと、この状況は打開できないだろ」


 魔剣を構え、アウルの横に並ぶ伊織。

 エドガルドは未だに納得できないようだったが、しかし心の何処かではこれ以外に策がないとわかっていたのだろう。

 俯き、それ以上口を開かない。


「アウル、だったか? さっきも言ったが、ここは俺に任せろ」


「私と同じ赤髪の彼とは違って、君はどうやら覚悟が決まっているようだ。」


「他に道はないからな」


「そうか。……少年、頼んだぞ。後の事は任せてもらっていい」


 まるで死地に赴く者に対する言葉だが、しかし実際オークの群れに単身突っ込むなど自殺行為にも等しい。

 普通に考えたら生きては帰ってこれないが、しかし伊織はもちろん生きて帰るつもりだ。

 俺が死ぬことは決定事項なのかよ、と内心苦笑している伊織。


「覚えなくていいと言ったが……後は頼んだぞ」


 再びオークの群れに突っ込む伊織。

 緩やかに歩を揃えて歩いていたオーク達が、突っ込んでくる伊織を迎撃しようと各々棍棒を構える。


「やるぞ、レーヴァテイン」


 伊織の言葉に応えるかのように、赤い輝きを放つ魔剣。

 体が軽くなったのを感じる伊織。やはりこの魔剣は意思でも持っているんだろうか。


 次々とオークを蹴散らし進む伊織の姿は正に一騎当千。

 周囲のオークを一匹残らず蹴散らし、徐々に徐々にと前へと進んでいく伊織。彼が通った後、道が切り開かれていく。


「数が多すぎるんだよ……! なぁレーヴァテイン、奴等を纏めて消し去れる魔法とかないのかよ」


 余りの数の多さにごちる伊織。

 やはり剣で薙ぐだけでは時間がかかってしまう。ゆっくりながら、しかし確実に道は開けているのだが……。

 そんな彼の独り言にも律儀に呼応する魔剣。輝きが増し、伊織の頭にある魔法のイメージが刻み込まれていく。


「ッ……この感覚、やっぱり慣れないな……。だが律儀に魔法を寄越すなんてできた魔剣だ」


 回転切りで周囲のオークを纏めて切り刻み、左手を前に突き出す伊織。

 魔剣で刻まれた情報では、ゲームなどによくある詠唱は必要ではない。必要なのは鮮明なイメージと、その魔法を行使する魔力。

 先程も見た上に、魔剣によって刻まれた為イメージをするのは容易だった。

 体の中に流れる、血液とはまた違う何か。恐らくこれが魔力だろう。

 流れる魔力を感じながら、魔法を放つ。


「ダークアロー」


 言葉と共に現れたのは、先程ルシアが放った白く輝く槍とは違い、全てを飲み込んでしまいそうな程の真っ黒な槍。

 禍々しさを放つその槍は、ルシアの槍よりも一回り程大きい。


「……行ってこい!」


 伊織の真正面に向かって放たれた槍は、射線上に居るオークを次々と蹴散らしていく。

 数多のオークを貫きながらも、その勢いは衰えない。

 槍によって切り開かれていく道。伊織は後ろに居るアウル達に目をやると、彼等は頷き開かれた道を駆けていく。


「……こんな魔法があるなら、最初からやりゃ早かったんだがな」


 魔剣を見ながらそうごちる伊織。

 しかしすぐに気を取り直す。射線上に居たオークは蹴散らせたが、しかし射線から逃れたオークは未だに健在なのだ。

 

「道は切り開いた。後はあいつらの仕事だ」


 伊織は残ったオークを相手にするべく、再び魔剣を構えオークに突っ込んでいった。




「……あいつだ」


 伊織が切り開いた道を進むアウル達。

 ある程度進んだ所で見えてきたのは、見た目こそオークと同じだが、その頭に冠を付けているオーク。

 恐らくはあれがボスなのだろう。そのオークは周りにオークを三体侍らせながら腕を組み戦況を見守っていた。


「少年は恐らく残ったオークの相手をしているだろう。予定通り私達であいつを叩く」


「で、でも……僕達で倒せるのかな……」


「アウルさんが居るんだ。何とかして見せるぞ」


「イオリさん……無事でいて」


 ボスオークを見据えるアウル達。

 そのオークはアウル達に気が付くと、傍に居るオークに持たせていた棍棒を受け取り肩に担いだ。

 棍棒の大きさは他のオークよりも圧倒的に大きい。ただの指揮官ではなく、その実力も恐らくオーク達とは一線を画するのだろう。


 まず始めに動いたのはオークだった。

 ボス以外の三体が並んで走り出し、距離を詰めてくる。

 そのまま腕を振り上げ叩き付けられる棍棒。アウル達は後ろに飛び退り回避するが、オーク達も同時に横に飛ぶ。

 その背後から現れるボスオーク。三体が壁のようになり攻撃を仕掛け、背後に居るボスオークへの注意を反らしていたのだ。

 

 アウル目掛けて振り下ろされる棍棒。

 それを剣で受けるアウルだが、相手からかかる力はオークの比ではない。

 剣を手離し後ろに転がるアウル。ボスオークはそのまま棍棒を叩き付けた。

 恐らく、アウルの剣は粉々になってしまっただろう。


「ック……! ライトニングブラスト!」


 後ろに転がり、片膝立ちの体勢で魔法を放つアウル。

 先程多くのオークを葬ったその魔法は、ボスオークに直撃する。


「ゴッフォ?」


「なん……だと?」


 直撃を受けたボスオークだが、まるで痒い所を掻くかのように受けた部分を掻いている。

 ダメージがまるで通っていないのだ。やはり他のオークとは一味違うボスオーク。


 再びオークが攻めに来る。

 各々回避し散り散りになったアウル達を各個撃破すべく、ボスオーク達四体のオークがアウルに向かって距離を詰めてくる。

 武器を失ったアウルが一番倒しやすいと思っているのだろうか。オーク達にはどこか知性があるように感じられる。


 振り下ろされる棍棒を横っ飛びで回避するが、回避した先に再び別のオークから振り下ろされる棍棒。

 回避が間に合わない。


「う、うおおおおお!」


 死を覚悟したアウルだが、しかしその中に割って入ったエドガルドによって棍棒は盾で防がれる。

 そんな彼等を叩こうと別のオークが棍棒を構えるが、しかしそれをエリスが許さずオークに斬りかかった。


 各々オークと距離を離し、再び集まるアウル達。

 険しい表情を浮かべるアウル達に対して、オーク達の表情は余裕そうに見える。

 

「どうやら彼等は他のオークとは違いかなりのやり手だ。私も武器を失ってしまった以上、後衛に徹することしかできない」


「まずは数を減らしたい所ですが……」


「彼等は他のオークとは違って知性があるように感じた。……私達では数を減らすのも難しいだろう」


 アウルも武器を失ってしまい、ボスオークには魔法が効かない。

 信号機トリオの三人も、オークと一対一で戦ったとして歯が立たない。

 数では同等だが、しかしその質が違い過ぎる。

 それに加えて、彼等は連携を見せている。数を減らすのも難しいだろう。


 再び攻めに来るオーク。

 三匹が列を成し走っている。最初に見せた動きから、恐らくまたボスオークがその背後から攻撃を仕掛けてくるのだろう。

 振り下ろされる棍棒。今度は散り散りにならないように、各々が同じ方向に回避する。

 すぐに体勢を立て直しボスオークの攻撃に備えるが、しかしボスオークが来る気配は無く、集まったアウル達に向かってじりじりとオーク達が距離を詰めている。



「……っ! う、上だ!」


 奴等、何を企んでいる?

 アウルがそう思った時だった。


 エドガルドが上から来る何かに気が付いた時にはもう遅い。

 上空からアウル達目掛けて振ってくる炎の玉。

 彼等は咄嗟に飛ぼうとするが、間に合わず直撃は避けられたもののその衝撃によって吹き飛ばされてしまう。


「きゃあっ!」


 一人オーク達の居る方向へと吹き飛ばされたエリス。

 痛みに震えながらも顔を上げると、エリスを囲い今にも棍棒を叩きつけようとしているオーク三体。

 そして棍棒が振り下ろされた。


 いつまで経ってもやってこない衝撃。

 何も感じることなく自分は死んでしまったのだろうか?

 しかし、今もなお先程の痛みを感じる。


「……え?」


 恐る恐る目を開くエリス。

 彼女の視界に入ったのは、黒いローブの人物。

 その人物が、右腕で、剣で、左腕で。

 棍棒を受けている姿だった。


「イオリ、さん……?」


 装飾の一つもない黒いローブに、何故か赤く光っているが見覚えのある剣。

 伊織だった。伊織が、オーク三体の棍棒を受けきっている。


「無事、か? 無事なら、さっさとあいつらと、合流しろ」


 直撃を受ければ叩き潰されるであろうその一撃を受けきっている伊織。

 もはや体が丈夫とかそういう次元ではないのだが、そんな彼でもやはりオークの攻撃は堪えているのだろう。

 絞り出すように放たれたその言葉は、エリスの身を案じ、アウル達との合流を促すものだった。


「で、でも……!」


「はやく、しろ!」


「……っ! は、はい」


 イオリの身を案じ渋るエリスだったが、しかし彼の剣幕に押されアウル達と合流するエリス。

 エリスの気配が遠ざかっていくのを確認すると、伊織はそのまま棍棒に叩き潰された。

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