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第十二話

 昼過ぎにメルトレスへと到着した伊織達は信号機トリオと別れ、現在はメルトレスの宿に居た。

 魔物の被害が相次いでいるメルトレスに滞在する人は少なく、現在メルトレスに居るのは現地民とギルドの依頼で来た冒険者が殆どらしい。

 当然、そんな状況なので宿に空室は多い。伊織は今度こそ二部屋取ろうとしたのだが、そんな伊織にルシアが抗議。

 結局、ベクラール同様メルトレスでもルシアと寝食を共にすることになった。


「さて……どうするか」


 メルトレスへとやってきた目的は勇者と鉢合わせるのが嫌でベクラールを拠点に置きたくなかったというのが大きい。

 しかし、目的はそれだけじゃない。次なる迷宮、グレゴワール森林についての情報を集め、攻略しに行くというのも目的の一つだ。


 やってきた当初は、まだ日が高いから宿を取ってすぐに迷宮の情報を集めようと思っていた伊織。

 しかしメルトレスは魔物による被害のせいかピリピリとした雰囲気であった。この分じゃ世間話の一つも穏やかにできないだろう。


「迷宮の情報収集? はどうするのー?」


「どうにもこの街の人間はピリピリとしているらしいからな。聞きだせるかも怪しい所だ」


 この街のギルドに行くことも考えたが、今の状態じゃ街の防衛に勧誘されるだけで、知りたい情報を聞き出せるか怪しい。

 ただでさえ先程オークが三体も現れたのだ。少しでも戦力が欲しいだろう。

 街の防衛の報酬で情報を教える、なんてこともありそうだ。


 どうしたものか、と考えていた所で扉をノックする音。

 伊訪ねてくる知り合いなんて居たか? と伊織とルシアは顔を見合わせていたが、会ってみれば分かるだろうと扉を開く伊織。


 訪ねてきたのはエリスだった。

 部屋に入るよう促され、エリスはベッドに腰掛けるルシアの隣に腰を下ろす。


 部屋に入ってきたエリスは、口を開くことなく俯いている。

 そんなエリスの顔をじっと見つめる伊織。先程はよく見ていなかったので分からなかったが、エリスもエリスで何故冒険者をやっているのか疑問に思ってしまうほど整った顔立ちをしている。

 ルシアがあらゆる人形師の技術と知識を集結させても再現できないであろう完璧な美貌なら、エリスは数十世紀後にもしかしたら顔のパーツの一部分だけ再現できるかも? といった美貌。分かり辛い例えだが、早い話がルシアに負けず劣らずな容姿をしている。

 

 彼女の金髪は伊織の知る染められた金髪とは訳が違う。まるで絹のような金髪は、美しく光沢があり、まるで月の光のようだ。

 澄んだ海のような碧い瞳、冒険者であるということがまるで嘘のように感じる程傷一つない白い肌。

 日本ではまずお目にかかれないような、紛れもない美少女。彼女の表情は憂いに満ちていて、その表情すらも絵になる。


 何か用事が有って来たのだろう。伊織はエリスが口を開くまで待つつもりだった。

 しかし、彼女は膝に置いた手をぎゅっと握りしめて俯いたままで口を開く気配がない。

 埒が明かないと口を開こうとした伊織だが、その時エリスがやっと口を開いた。


「あの……突然すみませんでした。私のせいで、巻き込んじゃって……」


 巻き込んだ、というのはメルトレスの防衛についてだろう。

 確かに彼女に巻き込まれる形で防衛に参加することになったが、しかし元々はメルトレスへと行くつもりだったのだ。

 もしエリス達と出会わずメルトレスに来ていても、恐らくは別の形で巻き込まれていたのに違いない。


「何を気にしているのかと思ったらそんなことか。俺もルシアも気にしてないさ。元々メルトレスに来る予定だったんだ。あんたに出会わなくても、別の形で巻き込まれていたさ」


「でも! それでも、謝らせてください。……私、冒険者になって間もないんです。依頼も今回が初めてで……今までは相手にする魔物もゴブリンとかばっかで、エドやウィルが何とかしてくれていたんですけど……。今回、オークと戦って、本気で死ぬかと思いました。イオリさんが来てくれなかったら……って思うと……怖くて……それで私、無理言って……」


 伊織に助けを求めたのは、初めて死の恐怖に震え、伊織の強さを見て思わず助けの言葉を口走ってしまったからだった。


「迷宮に潜ったり魔物と戦ったりする冒険者は常に死と隣り合わせだと聞いている。よく冒険者になろうと思ったな」


 肌に傷一つなく、容姿も優れているエリス。

 死の恐怖に震えるということは、争い事が好きというわけでもなさそうだ。

 そんな彼女が何故冒険者の立場に身を置くのか、伊織は理解ができなかった。


「私の親、元冒険者なんです。それで私にも冒険者として生きろって……。嫌だって言っても、聞いてもらえなくて……冒険者にならないなら親子の縁を切るって……」


 親に半ば脅迫され、冒険者となったエリス。

 娘にいつ死ぬかも分からない冒険者としての生き方を強要する。親としてあるまじき行為だと伊織は思った。


「それで冒険者になったと」


「はい……。本当は争い事なんて、嫌なんです。でも、子供の私じゃ……両親に捨てられたら生きていく術がないから」


 それはそうだ。エリスの年齢は分からないが、伊織とそう変わらないように見える。

 自分でお金を稼ぐこともままならない子供では、両親の存在なしでは生きていくのは難しいだろう。


「なるほどな……言っちゃ悪いが、酷い両親だな」


 伊織の父は、母親が居なくても寂しくないようにと自分の事を考えずいつだって伊織の事を考えていてくれた。

 そんな父をずっと見ていた伊織だからこそ、エリスの両親の考えはまるで理解できない。

 そんな両親の元に産まれ、そしてそんな両親に強要され冒険者としての道を強制されたエリス。

 可哀想な女だ、と伊織は思った。


「冒険者になった経緯やあんたの両親はともかく、だ。俺もルシアも気にしていない。引き受けた以上、やれるだけの事はやるつもりだ」


「はい……ありがとう、ございます」


 顔を上げ、ぎこちない笑顔を浮かべるエリス。

 まだ何か懸念を抱くことがあるのだろうか。


「何を気にしているのかは知らんが……そういえばさっき言ったよな。報酬は別の形で貰うと」


「は、はい……」


 伊織の言葉にびくっ、と体を震わせるエリス。

 どうやら気にしていたのは報酬についての話のようだった。


「覚悟はできています……どうぞ、お好きにしてください」


 そう言って服を脱ごうとするエリス。

 そんなエリスを見てルシアは目を丸くして固まっている。伊織も何故そうなるのか全く理解できなかったが、慌てて止めに入る。


「何故脱ぐ?」


「別の形で頂く、というのは恐らく体で払えってことだと……エド達が」


 信号機トリオの赤と青が余計な事を言ったようだ。

 確かに、伊織はモテるような容姿をしていない。ルシアと一緒に居るとはいえ、彼等の目から見たら恋人同士にはとても見えないだろう。いや、事実恋人ではないのだが……。

 それは置いておくにしろ、伊織はエリスに対して弱みを握ったようなものだ。そんな伊織がエリスに体を要求する、というのは確かに考えられない話ではないだろう。


「そんなことは微塵も考えていないから安心しろ。……俺は欲しいのは迷宮についての情報だ」


「迷宮、ですか?」


「あぁ。俺達はグレゴワール森林という迷宮を探しているんだが、どこにあるのかもわからなくてな。何か知っているか?」


 伊織の言葉を聞き、考える素振りを見せるエリス。

 しばらくして、何か思いついたのかはっとした表情で顔を上げた。


「グレゴワール森林という名前かはわかりませんが……メルトレスの南西に山があります。その山の中に迷宮があると聞いたことが……。詳しくはわかりませんが、場所が場所なので迷宮の中が森林のようになっている可能性はあります」


 エリスの言葉を聞き、伊織は笑みを浮かべた。

 彼女の言う迷宮がグレゴワール森林かわからないが、彼女の話で南西の山に迷宮があることは分かった。

 後はその迷宮についての情報を仕入れれば良い。


 あっさりと迷宮の情報を掴んだ伊織だが、ふと思ったことがあり口を開いた。


「俺達が探している迷宮かはわからないが、ありがたい情報だ。……しかし良いのか? まだ何もしていないのに話して」


 知っているか? と聞き出したのは伊織だが、伊織は知っているか知っていないかだけ聞ければそれで良かったのだ。

 しかし、エリスはご丁寧に場所まで口にした。

 報酬というのは成果に対して支払われる物である。前払いをすることもあるが、基本的には後払い。

 特に伊織のように巻き込まれるようにして受けた依頼であれば、望む報酬を先に受け取った場合とんずらする可能性も大いにある。


「はい。だってイオリさん、投げ出して逃げたりしないでしょう?」


 何を根拠にと思った伊織だが、エリスの視線を辿るとルシアを見ているのが分かる。

 なるほど、確かにエリスと共に防衛に参加すると決めたのはルシアだ。彼女がその気な以上、伊織も投げ出したりはしないだろうと考えているようだ。

 実際その通りなのだが、エリスは何も考えなしに動いているわけではないようで伊織は少し安心を覚えた。


「まぁ、そうだが……。何も考えてないわけじゃないんだな。突然服を脱ごうとするような奴だから、てっきり何も考えていないのかと思ってた」


「ちょっ……あ、あれは忘れてください! 恥ずかしい……もうお嫁に行けない……」


 自分の行動を思い出しているようで、余程恥ずかしいのか赤くなった顔を手で覆い隠している。

 如何にも年頃の女の子のような振る舞い。

 こんな女の子を無理矢理冒険者という立場に就かせる親や、命懸けの原因である魔物の事を考えると伊織の内心は穏やかではいられなかった。


 魔物との共存、あるいは魔物の殲滅。

 それが叶えばこの少女も平和な世界で生きられるのかもしれない。


 それからしばらくルシアとエリスは二人で雑談に花を咲かせ、夕暮れを迎えた所でエリスは退出していった。

 聞けば同じ宿に部屋を取っている――もちろん他の二人とは別の部屋である。とのことなので、明日の朝改めて詳しい話をしに部屋を訪れるとのこと。

 ルシアはすっかりエリスと打ち解けたようで、明日エリスと会うのが楽しみで仕方ないようだった。

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