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第十話

 あれから服を見る為、受付嬢に教えてもらったもう一件の服屋に寄り、明日からの旅路に備え携帯食料などを買い込む為街を散策した伊織とルシア。

 気が付けば夕暮れ時になっており、歩き疲れたのもあり今日はもう休もうと宿屋に足を運んでいた。

 流石に男女で一部屋は問題があると思い、二部屋を取ろうとしたのだが……。


「すまないねぇ。勇者様を一目見ようと色んな街から人が来てて部屋の空きが一つしかないのよ」


 宿屋の女将が申し訳なさそうな顔をする。

 勇者達の人気は知っていたが、まさか他の街から勇者目当てにベクラールに来るほどとは思っていなかった伊織。

 どうしたものか、と考えていると助け舟を出したのはルシアだった。


「んー私、イオリとなら一緒の部屋でいいよ? だからおばさん、泊めて?」


 お前は良くても俺は良くない、と言いたかった伊織だが、しかしベクラールの宿屋はここだけだ。

 伊織自身も肉体的疲労はそこまで残っていなかったが、やはり色々あったので精神的疲労が大きい。

 何よりルシアも居るので、しっかりと宿を取って休みたい。


「……いいのか?」


「イオリだしいいよ?」


 出会ってそこまで経っていないにも関わらず随分と信用されているらしい。

 いや、ルシアの事だから無防備と言った方が正しいのかもしれない。

 そんなことを考えていた伊織だったが、女将さんがまるで早く決めろよと言わんばかりの目で伊織を睨みつけていた為、渋々一部屋取る伊織だった。


 案内された部屋は、ダブルサイズのベッドに正方形のテーブル、そして椅子が二つという簡素な部屋だった。

 ルシアは部屋に入るなりベッドの上に飛び乗り、まるでトランポリンのようにベッドの上で跳ねている。

 男を惑わせる危険な物がルシアに合わせて揺れている。伊織は目を反らしながらも、しかしどうしたものか考えていた。


 そう、ダブルサイズとはいえベッドが一つしかないのである。

 床で寝るか、と一瞬考えたが、床はフローリング。布団を敷かずに寝たら身体を痛めそうだ。

 とはいえ、一緒に寝るのもそれはそれで抵抗がある。どうしたものか……。


「イオリ! お布団ふかふかで気持ちいーよ!」


「そうか……」


 無邪気に布団で跳ね続けているルシア。

 伊織に足を向ける形で跳ねているので、ワンピースの彼女が飛ぶ度にワンピースの中まで見えてしまう。


 無邪気な彼女だがその体の成長は凄まじい。

 そんな彼女と寝てしまえば自分の理性が保つか怪しい。床で寝ることを決意した伊織だったのだが…。




「どうしてこうなったんだ……」


 夕食を食べ終え、入浴を済ませ後は寝るだけとなった二人。

 フローリングで寝ることを決めた伊織だったが、しかし現在はルシアと共にベッドの上で横になっていた。


「誰かと寝るのってなんかわくわくするね!」


 伊織の右腕を抱くようにして横になっているルシア。

 腕から感じる二つの柔らかい感触に、伊織は中々寝付くことができずにいた。

 このままでは色々とまずいことになりそうなので、考え事をして気を紛らわそう。

 そう考えた伊織は、どうしてこんな状況になったのか思い出していた。


 話は入浴を済ませた後まで遡る。

 入浴を終えた伊織は、先に部屋に戻ってベッドの上に座りながら髪を乾かしているルシアに自分は床で寝ることを告げた。

 当然理解を示してくれるだろうと思っていた伊織だが、しかしその予想は裏切られる。


「いや! イオリと一緒に寝る!」


 何故かルシアが伊織と一緒に寝たがったのだ。

 当然伊織も一緒に寝るのは問題があると思い、理性がどうのという話は口にせず抗議をしたのだが、最終的にルシアが泣き出してしまいなくなく一緒に寝ることになったのだ。


「ふんふふーん」


「嬉しそうだな」


 伊織と布団に入ってから非常に機嫌が良さそうで、鼻歌を歌っているルシア。

 自分がもしイケメンであれば多少は機嫌がよくなる理由もわかるのだが、生憎と伊織は不細工ではないが冴えない顔をしている。

 女の子ってよくわからないなあ、と思う伊織。


「ねぇ、イオリ。イオリの話して?」


「俺の話?」


 伊織が自分の話をする以上、どうしても避けられない話。

 それは自分がこの世界の人間ではないということ。召喚魔法が一般的じゃないのは、前回の召喚が数百年前という事実から分かっていることだ。

 どうしたものか、伊織は考える。


「……面白い話じゃないぞ?」


「面白いとかじゃなくて、知りたいの。イオリのこと、全部」


 どうしたものかと考えたが、しかしこれから一緒に行動するのであればいつか話すことだ。

 伊織は自分の過去を包み隠さずルシアに話す事にした。


 幼い頃に母が死んだこと。

 それからというもの、通っていた幼稚園で苛められたこと。

 小学校、中学校、高校と上がってもずっと苛めが続いたこと。

 自分がこの世界の人間じゃなくて、勇者として召喚されたこと。

 勇者として召喚されたが、巻き込まれる形だったので勇者としての素質を持ってなかったこと。

 そんな自分への風当たりが強くて、城のメイドや他の勇者からの風当たりが強かったこと。

 迷宮に連れ出されて、そこで仲間を助けるための囮として使われて助けて貰えなかったこと。

 死にそうになった所、魔剣と出会って力を得て迷宮を攻略したこと。

 迷宮を攻略し終わって、魔剣の力でルシアと出会って今に至ること。

 生きて元の世界に戻って、また父との生活を送りたいこと。


 伊織の話を黙って聞いていたルシアは、伊織の話が終わると泣き出してしまった。

 伊織としては自分の人生を詰まらないと思っているので、てっきりそういう反応をされると思っていただけに泣き出すのは予想外だった。


「……どうして泣くんだ?」


「だって……イオリが……可哀想で……」


 どうやら伊織の人生に同情してしまいつい涙が出てしまったようである。

 女性経験のない伊織はどうしていいかわからず、そっと抱き締めてみたのだが、伊織の胸で遂には声を上げて泣き出してしまい困惑する一方の伊織。


「お母さんが死んじゃって、苛められて……辛かったよね……。一緒に居た人達に見捨てられて、裏切られて、悲しかったよね……。お父さんの所に、帰りたいよね……」


「……っ」


 ルシアの涙は確かに同情から来る物だ。

 しかし、ルシアは伊織の事を想って本気で泣いている。そんな彼女の優しさに触れたからか、或いは彼女に改めて自分の境遇を指摘されてか、伊織の目からも一筋の涙が頬を流れる。


「帰りたい。帰りてぇよ……俺が居なくなって、一人になっちまってんだよ父さん……休みの日、どうしてるんだろう……俺が帰ってくるのを、家で待ってるのかな……会いてぇよ……くそっ……」


 ルシアを強く抱きしめ、嗚咽をしながら泣き出す伊織。

 伊織もまだ十六歳の少年だ。そんな彼に巻き起こった一連の出来事。

 精神的に未熟さの残る伊織にとって、やはり一人で耐えきれる物ではなかった。


「いいんだよ、泣いて……辛い時は、泣いていいんだよ」


 ルシアの言葉を受け、更に込み上げてくる涙。

 自分の涙を見て、それを受け入れてくれる人は初めてだった。いつも涙を流した時は、それを見て笑いながら更に暴力を振られてきたから。

 父の前では心配をかけまいと強がって涙を流さなかったが、ルシアの前ではどうも堪えきれない。

 二人して暫く涙を流しながら、抱き締めあった。




「すまん、情けない姿を……見せた」


 あれから気の済むまで涙を流した伊織は、同い年くらいの少女の前でみっともなく泣いてしまったことや、泣いている最中に抱き締めたりしてしまったことから恥ずかしさや照れが混じったような表情を浮かべ、顔を赤らめていた。


「いいんだよ、私の前では泣いても……全部受け止めてあげるから、ね?」


 微笑みながら言うルシアの姿はまるで聖母のようだった。

 父以外で、初めて心を許せるかもしれない人。

 伊織の中で、ルシアという少女の存在がどんどん大きくなっていく。


「ありがとう……」


 ルシアの笑みを見て、伊織はこの笑顔を守りたいと強く思った。

 魔物の活動が活発化し、もしかしたら人間と魔物による戦が始まるかもしれない。

 もしそうなれば、ルシアもその戦火に巻き込まれるかもしれない。自分が傍に居て守ることも出来るが、自分は所詮一人の人間にしか過ぎない。魔剣によって得た力を完璧に操れてない今、守り切れる自信が伊織にはなかった。


「朝には出発する。……そろそろ寝よう」


「うん……おやすみ、イオリ」


「あぁ。おやすみ」


 迷宮に言葉を遺した人物は、人間と魔族の争う世界を望んでいなかった。

 望んでいたのは、人間と魔族が共存できる、そんな世界。

 

 何の因果か、かつて魔王が使ったとされる魔剣を手にした。

 魔剣と迷宮の関係は謎だが、ヨルゴの言葉や迷宮の仕掛けから見て迷宮と深い関わりがあるのは間違いない。

 

 ルシアには平和な世界で、幸せに生きてほしい。

 その為に自分はどうすればいいか? 魔物を一匹残らず殺せばいいのか? それとも共存する世界を築く懸け橋となればいいのか?


「なんだって……やってやるさ」


 伊織の目的は元の世界に帰ること。

 そんな伊織の目的に、一つ新たなる目的が加わったのだった。

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