プロローグ
初投稿です。
誤字脱字等ありましたら知らせて頂けると幸いです。
規則正しく鳴り響くベルの音で目が覚める。
ベルの音を煩わしく思いながらも枕元にある時計に手を伸ばし、スイッチを押し音を止めてそのまま時刻を確認する。
六時三十分。設定した通りの時間に音を鳴らし目を覚まさせてくれた時計を枕元に戻し、体を起こす。
今日は平日で、まだ高校生である彼――有村伊織は学校へと行かなければならない。
また今日も学校へ行かなければならない、という事実から陰鬱な気分に沈む伊織に対して、外はこれでもかという程に晴れ渡っていた。
余裕を持って早い時間に起きる伊織だが、しかし登校するのはギリギリの時間である。
二度寝をしているわけでもなく、朝食を食べるわけでもないのでもっと早い時間に登校することは出来るのだが、ギリギリまで家で過ごしていたいという気持ちがあり、また学校での自分の扱いを考えると早く登校するなど愚の骨頂なのだ。
いつも通りギリギリの時間に登校してきた伊織。他の生徒達は既に登校しており、各々が仲の良いクラスメイトとの談笑に花を咲かせている。
伊織が教室に入ると、皆一斉に話を止めて伊織に視線をやるがそれも一瞬で、すぐ話に戻った。
挨拶を交わすわけでもなく、ちらっと見てくる彼等だが、こうして無関心なのは伊織にとってありがたかった。
出来るだけ目立たないように自分の席まで歩いていく伊織だが、すんなりと辿り着くことができなかった。
歩いている伊織に向かって足が出され、それに気が付かなかった伊織は足に引っかかり顔面から床へダイブしたのだった。
「ぐえっ!」
顔に走る衝撃に、思わず変な声を出してしまう伊織。
そんな声を聞いてか、はたまたこけたことに対するものか、或いはその両方なのかはわからないが、クラスから沸き起こる笑い声。
伊織に足を出した少年――田辺拓真は腹を抱えて笑っていて、倒れた伊織に追い打ちをかけるかのように伊織の背中を踏んでいる。
「お前またギリギリじゃん! いっそのこと遅刻を続けて留年なり退学なりにでもなっちまえよ!」
げらげらと笑いながらそんなことを言う田辺。
起き上がろうにも田辺が体重をかけて背中を踏んでいるせいで起き上がることができない。
田辺の言葉をきっかけに、それまで談笑をしていた生徒達からも伊織に向けて心無い言葉が投げられる。
親無し、クズ、不真面目、平凡、地味、犬を飼ってそうなど。最後のは明らかに関係ないし悪口でもないのだが、どれも悪意を持って伊織に投げかけられた言葉だった。
そんな言葉の後に続く学校を止めろという言葉は、表情こそ無表情なものの伊織にとって大きなダメージになっていた。
「足、退けてよ。席に座れないじゃないか……」
しかし伊織には彼等に言い返す度胸はない。
それだけじゃない。こうしたいじめとも呼べる行為は幼い頃からずっと続いていて、最初の内は伊織もやめてと抵抗していたものの、伊織が抵抗すればするほどいじめは熾烈さを増していったのだ。
抵抗しても無駄だと悟っていた伊織は出来るだけ彼等の行為は自分には効いていない、と思わせるような態度を意識して取っているのだが、しかし彼等にはまるで効果がないということを見極められずにいた。
「はぁ~? 有村の癖に生意気だな。やめてくださいだろ?」
伊織の言い方に気を悪くしたのか、今度は両足を伊織の背中に乗せ、伊織の背中に立つ田辺。
田辺は野球部に所属していて、しっかりと筋肉の付いた体は太っているわけではないか重い。
背中に感じる重さに思わず呻き声を上げる伊織だが、そんな彼等の元に一人の少年がやってきた。
「なんだ拓真、またやってるのか?」
重さに顔を顰めながらも、声のする方向へと視線をやる伊織。
長い髪を金髪に染めていて、耳にはいくつものピアス。
チャラ男、と呼ぶのに相応しい姿の彼の名を小野浩平といい、彼もまた田辺と一緒に伊織に対してちょっかいをかけてくる一人であった。
「おっす浩平。お前もやるか?」
「やるやる。っつっても拓真が背中に乗ってるんだったら……俺はどうしてやろうかな」
背中に乗っている田辺と、乗られている伊織を見ながら考え込む小野。
何もすることがないなら頼むから見ているだけにしてくれと願う伊織だったが、しかし小野は何かを思いついたように手を叩いた。
「拓真が背中に乗ってるんだったら、俺は頭だな。伊織く~ん? その頭に失礼しまちゅね~?」
まるで赤ちゃんに話すように伊織に言うと、頭を踏むべく足を上げる小野。
乗られないように必死に頭を振る伊織だったが、しかし頭の動かせる範囲など限られているので碌な抵抗にならない。
足を下ろそうとした小野だったが、しかしそこで介入してくる者がいた。
「ちょっと、やめなよ! 流石にやりすぎだよ二人とも!」
「そうね。流石に見過ごせないわ。今すぐ有村くんの背中から退きなさい」
「拓真、浩平。流石にやり過ぎだぞ」
三人の男女だった。
姫宮華、有栖川雅、進藤勇希の順で発せられた言葉は、どれも二人に対してやめるように促す言葉だった。
三人の言葉に渋々と言った感じで背中から降りた田辺と、今まさに足を乗せようとしていた小野は伊織から離れると、三人の元へ駆け寄っていく。
今の行いに付いて問い詰められていたようで、必死に言い訳している。
「いたた……」
背中に走る痛みに声を漏らしながらも起き上がる伊織。
制服が紺色のブレザーの為汚れは目立たないが、それでも埃が付いてしまったので汚れを払う。
そんな伊織に先程の三人が近付いてくる。
「ごめんね、有村くん。二人にはよく言っておくから……」
「大丈夫かしら? ごめんなさいね、止めるのが遅くなっちゃって」
姫宮、有栖川の女子二人は伊織を心配する声をかけてくる。
二人は風紀委員に所属しているため、朝は校門前で挨拶をしているので遅れて教室に来たのだ。
「大丈夫だよ。田辺くんも加減してくれてたし、小野くんは何もしてないから……」
後で何をされるのかわからないので、二人のフォローをする伊織。
姫宮、有栖川は大丈夫なら良かった、と笑みを漏らす。
その笑みに思わず見惚れてしまう伊織。
伊織が見惚れるのも仕方がない。
姫宮華、有栖川雅は学校でも一、二位を争う美少女であり、休み時間には彼女達を見る為に他の学年やクラスの人間が教室まで来る程なのだ。
脹脛まで届く程長く艶のある黒髪、見ていると吸い込まれそうな黒い瞳。透き通るような白い肌。
若干ながら垂れ目がちなのもあって、優しそうな印象を醸し出している。
性格の方にも実際に誰に対しても優しく、それは伊織に対しても例外ではない。それに勘違いした男子生徒からの告白を毎日のように受けているという噂である。
それが姫宮華という少女だ。
有栖川雅という少女は姫宮とは正反対だ。
地毛であるという長い茶髪を左右でまとめている、いわゆるツインテールという髪型。
少し吊り上った茶色い瞳は、どこかきつい印象を醸し出している。
実際に誰に対しても物怖じせず、ストレートに物を言う彼女はその印象に違わずきつい性格と言われるが、その美貌から姫宮と共に学校のアイドルと呼ばれ、日々男子生徒からの視線を集めている。
そんな彼女達に心配の声をかけられて、悪い気がしない男子は居ない。
伊織も例外ではなく、照れたように頬を赤らめていたが、そんな伊織に水を差す人物が居た。
「有村、俺の親友二人が手を出して悪かった。でも俺は有村にも問題があると思うんだ。聞けば有村が二人の挨拶を無視したそうじゃないか。それどころか拓真には坊主だとかベンチの守護神とか、心無い言葉をかけたんだって? 拓真も浩平も理由無く手を出すようなことはしない。何故、そんなことを言ったんだ?」
伊織よりも更に遅れてきた三人の内唯一の男である、進藤勇希だ。
彼は風紀委員ではないのだが、風紀委員に混じって挨拶活動を行っている。
男にしては少し長めの黒い髪にいかにも優しそうな感じの瞳。
百六十センチ程しかない伊織よりも頭二個分程高いであろう身長。
テストでは毎回上位に、体育の授業では運動部顔負けの活躍。
その優しい性格もあって、女子生徒からの人気が非常に高い男子だ。
姫宮、有栖川とよく一緒に居るので、彼等の間で三角関係が成されているのでは? と噂されている。
そんな彼は誰にでも優しいのだが、その優しさが伊織に向けられることは少ない。
というのも、今のように田辺と小野が有りもしない事実をでっち上げるので、それを疑わない進藤は伊織を問い詰める、ということが多いのだ。
厄介なことに他のクラスメイトも二人の話が事実であると話すので、伊織は事実を言うことも出来ず、ただ言われるがままになるのが常だった。
言っても無駄だと理解している伊織は、口を開かない。
自分の言い訳が通り、伊織が悪者となったこの場で調子に乗ったのか前に出てきて、伊織の胸倉を掴む田辺。
その顔はにやにやとしているが、後ろからでは進藤達には見えないだろう。
姫宮と有栖川が制止の声をかけるが聞かない田辺。
「有村、お前調子に乗ってるんじゃないのかぁ~? さっさと謝れ……」
しかし、田辺が最後まで口を開くことはなかった。
突然伊織の足元がキラリと輝くと、教室の床に魔法陣のようなものが現れる。
どうやら姫宮や有栖川、進藤や小野の足元にも魔法陣が現れているようで、彼等の悲鳴が聞こえた後、それまで傍観に徹していたクラスメイト達からも驚愕の声が発せられる。
「な、なんだよこれ!? どうなってんだ!?」
突然教室内に起こった異変に、パニックになった様子の田辺。
伊織から手を離し、魔法陣から逃げ出そうとした田辺だが、その足は一歩も動かない。
「あ、足が動かねえ! ちくしょう、何がどうなってるんだ!」
どうやら足が動かないようで、それは他の四人も一緒のようだ。まるでもがくかのように体をじたばたとさせているが、やはり足は一歩も動かないようだ。
何が何だかわからないのは伊織も同様で理解が追いついていなかったが、他のパニックになっている生徒を見て多少は冷静さを保っていた。
進藤達四人に対して魔法陣は一つずつ出ているが、伊織と田辺の足元にある魔法陣は一つしかない。
一人に対し一つずつ出現している魔法陣なのに、自分と田辺の足元にある魔法陣は一つ。
恐らくどちらか一人は魔法陣に縛られていないのだと考え、試しに足を一歩後ろに出してみると、見えない力に阻まれることなく足が動く。
どうやらこの魔法陣の対象は田辺のようだった。
内心田辺には悪いと思いつつも、魔法陣から抜け出そうと足を動かす伊織だったが、しかし動くのが遅かった。
伊織が背を向け魔法陣から抜け出そうと走り出した所で、伊織を含む六人の姿は教室から消えていた。
私生活の合間に趣味で書いているので、週一更新を目安に更新していきたいと思っております。
なおストックは八話分しかない模様……休みをください……。