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リレーション・エンド ―放課後のVR戦乱遊戯編  作者: 黒猫トム
第零部 リレーション・エンド
2/65

プロローグ・プロローグ

――Prologue_Prologue - エリカの花の咲く町で


 その日は、とても暑い夏の一日だったことは覚えている。雪坂さんが、暑いわ溶けるわやけどしちゃうわなんてよくわからないことを言って、部室の冷房を十八度に設定して、まるで部屋の中が冷蔵庫のように冷え切ってしまった事も。

 感覚というのは、記憶に結び付きやすいと聞いたことがある。果たしてその時私は本当に寒さを感じていたのか、それは定かではないけれど。



「んー、よく分からん!!」


 私の答えを聞いて、王子様はそう言った。私がいつも頭を悩まして考えに考え抜いて、やっと導き出した答えを、彼はあっさりと一蹴してしまうのだ。


「なぜそういう思考に至ったんだよ! ちょっと目が合っただけで、よくそこまで悲観的に考えられるよな!?」

「だ、だって……」

「誰もお前の上履きを隠そうなんて思ってないし、いま心の中で悪口言ったことがばれてしまったかとビビってもいないし、さらに言えば制服を着ているお前に対して、今日の服だせぇなんて思っているわけもないんだよ!! なんでお前はそう、なんでも難しく考えてしまうんだ? シンプルに生きようぜ? シンプルにさぁ」

「まぁ、彰介君レベルでシンプルになると、もはやそれは生きていると言えるのか分からないけれどね。ほら、ウイルスが生き物なのかってまだ議論されているみたいだし」


 テーブルに突っ伏していた雪坂さんは、面倒くさげに会話に入って来て早々、毒を吐く。


「俺はウイルスと同レベルかよ!?」

「思考レベル的には未満ね」

「……」


 隅っこで床にのの字を書き始める彰介さん。いつもいつも雪坂さんにいじめられてかわいそうだとは思うけれど、最近ではそれも彼らのコミュニケーションの一環だととらえられるようになってきた。


「でもね、峯さん。彰介君は救いようがないけれど、峯さんは峯さんで、確かに少し考えすぎだと思うわ」


 ナチュラルに彰介さんにとどめをさしつつ、雪坂さんはそう言う。


「人とコミュニケーションをとるのは確かに難しいことだと思うわ。でもね、人は自分が考えてしまうほどたいしたことは考えていないわよ」


 にこやかに。さわやかに。


「だってこの世は愚民ばかりじゃない!」

「ほんとお前ってクズだよな」

「救いようのない馬鹿には言われたくないわね?」

「ばっ!?」


 蔑むような、あしらうような、そんな何とも言えない視線を彰介さんに向けた後、大きなため息を一つ。


「……だから、ね。意識改革は一朝一夕ではできないものだわ。それは認めるけれど、私たちくらいは心の底から信用して、信頼して、付き合ってほしいわ」


 ニコリと、今度は邪気のない笑顔で言うのだ。



「たとえあなたに狐の耳や尻尾が生えていたって、ほんの少しだけ、不思議だなぁと思うくらいよ」




――Prologue_Prologue - マジシャンズ・イノベーション!


「世界が終わるきっかけって、案外身近にあったりするものだよ」


 どういう会話の流れでそんな話になったのか。そんなことは全く思い出せないけれど、それが過ごしやすい初夏の一日だったというのは覚えている。天気予報では連日のように、今日も過ごしやすい冷夏となるでしょうなんて言っていて、農家は毎年大変だなぁ。俺は楽で良いけど、なんて思ったのも、なぜかはっきりと覚えている。


「そんなきっかけがそこらへんに転がっているなら、この世界はとっくに終わってますよ」


 そう返すと、魔子先輩は肩をすくめた。母数が少ないからね、なんてよくわからないことを言っている。七十億以上が少ないとはどういうことか。きっと、那由他や不可思議に常日頃から慣れ親しむ奇特な生活を送っているのだろう。俺は小市民なので、万を超えたら途方もなく思ってしまうけれど。


「残念なことに、まだ世界は、終わりのきっかけを見つけてもらえていないんだよ」

「残念って……そんな言い方だと、魔子先輩はまるで、こんな世界終わってしまえばいいと思っているみたいじゃないですか」

「思っているよ」


 間髪入れずに返ってきたのは、肯定の返事だった。ただしそこに、おまけが付け足されて。


「あ、勘違いしないでね。別に、終末論者じゃないし、この世界に悲観してしまうような悲しい出来事があったわけでもないよ」

「……?」


 ならばなぜ、彼女は終末を望むのだろうか。そんな問いは、言の葉に紡ぐ必要はなかった。彼女は窓辺に歩み寄り、閉じられた窓から空を臨む。そして、つぶやくように発した。


「私はただ、単純に、自由になりたいだけなんだ」


 それは多分、俺が彼女と出会ってから初めて聞いた、魔女と呼ばれる彼女の、心の底からの望みだった。



「こんな牢屋の中じゃなくてさ、もっと、自由に生きたいだけなんだ」




――Prologue_Prologue - 君の側に


「私の予想を、明瞭に、かつ端的にまとめるとするならば」


 小さな小さな魔法使いは、少しの間の後に言った。


「……この神隠しには、魔法が関わっていると思います。それも、魔法を行使しているのは、下手をすれば私以上の魔法使い」


 どんな会話の流れでその答えを聞き出せたのかは覚えていない。ただ、それが彼女が初めて今まで隠し通していた予想を披露した機会だったというのは、よく覚えている。そしてそれが、例年よりも暑い夏の一日だったということも。

 空に浮かぶ巨大な魔法陣をまぶしそうに見上げて、彼女は。


「まさか、この私が勝てないかもしれないなんて思うことが、この長い人生で、二度もあるとは思いませんでした」


 そんな弱気な言葉を吐くのだった。

 いつだって自信過剰で、まるで私こそが完全無欠で全知全能であるとでも思っているかのような尊大な態度をとる彼女が、だ。

 そしていつの間にか俺自身が、彼女をとても頼りに思っていたことに気付く。彼女さえいればなんとかなる、そうとすら思っていたことに。そうじゃなければ、ここまで絶望的な、悲観的な気持ちにはならなかっただろう。救いはないのかと、居るかどうかもわからない神にもすがりたくなるような気持にはならなかっただろう。


「正直に言えば、相手の力量もわからず、それどころか姿すらわからない現状で、更に私は大幅に力を制限されている状態です。戦いを挑まず、逃げるのが正解だと思います」


 感情を読ませない無表情で、彼女はそんなことを言う。


「逃げられるわけないだろ!!」


 そんな態度をとる彼女に、思わず俺は声を張り上げてしまう。でも、だって、しょうがないではないか。この事件は、ただの興味本位で調べているわけではないのだから。

 大切な人の、命がかかっているのだから。


「……ごめんなさい。勘違いをさせてしまう物言いでしたね」


 初めて彼女は感情の読める表情に移ろう。その感情は、申し訳なさ、だろうか。


「どういう意味だよ」

「正解は逃げることだと思います。心の底から確かに私はそう思っています。でも、でもね。私にも逃げられない理由があるんです」


 彼女はそう言った。強い決意のこもった目で、俺を見返す。


「この町は、とても大切な町だから」

「初めて来た、と言っていたじゃないか」

「確かに初めてでしたけどね。目的もなくこの町に来たわけじゃないんですよ」


 どういう意味だろうかと思う俺に、彼女はくすりと笑って、人差し指を唇に当てた。


「目的は秘密、ですけどね?」

「またそれか」


 一体彼女はいくつの秘密を抱えているのだろうか。数え始めたらきりがない気がしたので、代わりに俺は考えるのをやめた。それに、大切なのはそれではない。


「で、手はあるのか」

「ええ、もちろん」


 あ、あくどい笑みだ。何かとてつもなく悪いことを考えているかのような、にこり、よりも、ニヤリが似合うような、そんな笑み。


「何度も言うようですが、私は最強の魔法使いですよ? 最強の座を守るためならば、卑怯卑劣なんでもござれ、です」


 まるで悪役だ。




...Prologue_Prologue - ???


 そして、物語は複雑に絡まり、不協和音とも取れるような一つの協奏曲を奏でるのだ。


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