2-5 予想
「……ぶはぁ!!」「……っはあ!!」
予想通りというか、俺たちは壁をするりと抜けて反対側へと逃げることが出来たのであった。二人揃って、大きく息を吐く。
「た、助かったの?」
あたりを見渡しながら、湖鉄はそう言った。俺もそれにならい、あたりを見渡す。さっきよりも瀟洒な造りの建物。さっきの場所は木造の家々ばかりだったが、こちらは石造りが多い。階層も木造のものより高いものが多く、少しだけ空が狭くなっていた。
「奴らが追いかけてこれないって意味では正解だろうな」
どうやら、町の外とを隔てている壁だと思ったら、町の中心と外周を隔てている壁だったらしい。たいていの場合、町の中心には重要人物や金持ちが住むものだ。きっと建物の造りが変わったのも、そのあたりが絡んでいるのだろう。
……金持ちとか知識人だし、我先にと俺に突っ込んでくるような愚かなまねはしないと信じよう。まぁ、人口密度も低いし、もしそんな事態になったとしても下町よりはずっと逃げやすいはずだ。
「……あ! いい加減下ろしなさいよっ!!」
「あ、あぁ。悪い」
げしげしと顔面を蹴られながら、俺は慌てて湖鉄を地面に下ろした。女の子をお姫様だっこなんて初めてしたが、案外なんとかなるものだなぁ。とはいえ、湖鉄だから出来たことだろう。友利じゃ無理だ。……体が大きいし、重くて持てない。本人に言ったら殺されそうだが。
「……で、さっきのはなんなの?」
ペチペチと、今通り抜けてきたばかりの壁をたたきながら、彼女は言った。
「急に追いかけられたり、急にすり抜けたり」
「その辺はなんとなく予想がついているから、話しておく。ただ、少し移動しよう」
今いる場所は、道の端だ。今のところ誰も通っていないが、誰かが来たら確実に見つかる。目立たない場所に隠れておくべきだろう。
少し移動し、俺たちは道ばたに積まれた木箱の陰に隠れてほっと一息つく。
「……で? 説明してくれるんでしょ?」
「あぁ。まぁ、予想だけどな」
予想と言っても、まあ十中八九合っているだろう。
「お前はどうせ俺とずっと同じチームだし、言っても不利益がないから言っておく。……結論から言えば、さっきのは『ユニーク能力見境ねぇな』ってところだな」
「は?」
「最初の、人が追いかけてきたやつ。あれは多分、俺の能力だ。そして二つ目の、急に人をすり抜けるようになったのは、お前の能力だろうな」
確か湖鉄は世界平和を願ったのだった。女神としては、戦争が殴り合いならば、殴り合えなくすれば良いじゃないかという雑な結論に至ったのだろう。まあ確かに、いくら攻撃してもお互いに当たらないなら、殺し合いなどしようがないし間違いではないのだろうが。
「……何そのあんたの残念すぎる能力」
「ほんとにな」
他人から好かれたいとは願ったが、あれはなんというか……違うだろう。半ば信仰の域に入っていた気がする。様付けで呼ばれたりしたし。
好かれるといっても、こう……信頼されたいとか、仲良くしたいとか、そのレベルを望んでいたのだが、女神には残念ながら伝わらなかったようだ。
こんな、どういうシチュエーションなら役に立つのか分からない能力もらっても、扱いに困る。
「まぁ、今更悩んでもしょうがない。これからのことを考えようぜ」
悩むのは柄ではないのだ。悩むくらいなら、一歩でも未来を歩きたい。俺はポジティブなのである。
「取りあえず、友利となんとか連絡を取ろう。あんなのでも一応リーダーだし」
とは言ったものの、どうしたものか。……そういえばさっき、ヘルプ見ろとか言っていたな。
「なあ、湖鉄」
「何よ」
「ヘルプ読んでくれ。多分、友利と連絡する手段とか書いてあると思うから」
「はぁ、なんで私が!?」
自分で探せと凄いきつい目で睨まれるが、俺は長文を読むともれなく眠くなるのだ。しょうがないよね。
「……分かったわよ。その代わり、借りはこれでチャラね」
「借り?」
「私のことをかばってくれた事よ」
何の気も無いように彼女はそう言って、スクリーンを開いた。その後、ヘルプボタンを押そうとして……止まる。
「ん、何かしらこれ」
「何って、何が?」
「これこれ」
湖鉄が指さすものを見て、俺も首をかしげる。右下の方に、赤いびっくりマークが現れているのだ。スクリーンの色は薄緑のため、さすがにこんなものがあったら気づく。ということは、これは新しく現れたアイコンだということになる。
「取りあえず押してみようぜ」
「ば、爆発とかしないわよね?」
流石に爆発はしないだろうと思う。これで爆発したならば、この世界は本当に湖鉄に牙を剥いている。
「……えいっ!」
恐る恐るといった様子で、彼女は目を閉じたままアイコンを押した。そんなに恐れるようなことは無いと思うんだけどな。そう思いながら、俺は彼女のスクリーンをのぞき込んだ。
一瞬で、背筋が凍った。
『二人のうちどちらでも良いわ。これを見たら三秒以内に返信しなさい。さもなくば地の果てまで追いかけて殺すわ』
そこにはあまりにも物騒すぎる文言が書かれていたのだ。誰からかなんて、見なくても分かる。確実に友利だ。
「何が出てきたの?」
目を閉じたまま、彼女はのんきにそんなことを聞いてくるが、そんな場合ではないのだ。これ、どうやって返信をすればいいんだ? 早く返さないと、殺される!!
……これは、マイクのマーク? 試しに押してみると、『返信待機中』と文言と共に、マイクのマークが大きくなった。これは、喋れば良いのか!!
「俺だ。彰介だ。今、中心街っぽいところにいる」
マイクのアイコンをもう一度押すと、俺の発言が画面に表示された。どうやらチャット形式で表示されるようだ。
「何なの急に!?」
「良いから目を開けろ。少なくとも物理的に危険ではないから」
「分かったわ……」
ゆっくりと目を開け、チャットを見て……彼女も固まった。
「……そうね。物理的に危険ではないわね」
精神に甚大な被害を与えるけどな。
そのまま少し待っていると、返信が返ってきた。
『連絡が遅すぎる。何をやっていたの』
「何っていっても……俺の能力で暴走した人たちから逃げてただけだ」
「ちょっと大風……」
能力は明かしてはいけないと彼女は指を口元に持っていって、しーっなんて可愛いことをやっているが、流石に俺もそこまで考え無しではない。
ああやって町人が暴走しているのは、確実に友利には見られているので、隠しようがない。ならば、出す情報はできる限り少なくすべきだと思っただけだ。だから、すんなりと餌である俺の能力については話してしまい、本命である湖鉄の能力については隠すことに決めた。
ぶっちゃけ使い道のほとんど無い能力だしな。隠し通せたとして、ブラフぐらいにしか使えない。
『またわけの分からない能力ね……。まあ、良いわ。中心街に入れたのなら都合が良い。私は下町で情報を集めるから、あなたたちはそっちで情報を集めなさい』
また少し待つと、今度はそう返ってきた。なんとか隠し通せたようだ。
「というわけだから、俺たちはこっちで情報を集めるぞ」
尻をはたいて立ち上がる。湖鉄も俺の服をつかんで、よいしょっと立ち上がった。
「でも、あんたは表に出ない方が良いんじゃない? また逃げるのは嫌よ、私」
「んー……確かにな」
とはいえ、湖鉄には圧倒的に情報収集能力が欠如している。どうしたものか。
「んじゃ、まずは俺の名前を出してどんな反応をするかを探ろう。俺の能力が、具体的にどんな能力なのかが分かれば、それを活用する方法もあると思うんだ」
今は、なんか狂気をはらんだ目で追いかけてくるって事しか分からないので、生かしようもない。どういう理由で追いかけてくるのか。それが分かれば大分違うと思うのだ。
「……確かにそうね。じゃああんたはここで待ってなさい。私が聞いてきてあげるわ」
正直不安しかないが、任せるしかないのも事実である。俺はうなずいて、彼女の頭に手を載せた。
「それじゃ、頼んだ」
「気安く撫でないでよ」
そう突っぱねた彼女だが、満更でも無さそうに見えたのは、気のせいじゃないと良いな。